仕事を辞めノートPCすら持たずトルコへ~青春発墓場行き(第17回)

(イラスト・戸梶 文)

成田空港に着くと、僕は、日本に心のなかでそっと日本に別れを告げた。仕事を辞めて、家を引き払った今、当分返ってくることはあるまい。日本の友人たちともしばらくは音信不通の状態が続くだろう。もう誰とも、連絡をとらないと決めていた。

ノートPCもバックパックのなかには入れなかった。そのかわりに入っていたのは、雑誌『スペクテイター』の「就職しないで生きるには」特集と、レイモンド・マンゴー著『就職しないで生きるには』。よっぽど就職して企業に勤める生活に嫌気がさしていたのだろう。これからの人生を模索するために、この2冊をバックパックにつめて、現地で読むつもりでいた。トルコまでは、約10時間のフライト。僕は、最初に出されたワインですぐに酔っ払ってしまい、気づいたら、イスタンブールのアタチュルク空港に着いていた。

イミグレーションを無事、通過し、到着ゲートを抜けると、案の定、タクシーの客引きがひっきりなしに声をかけてくる。僕はそれを振り切りながら、なんとかトラム(路面電車)に乗った。トラムに乗るとひとりのトルコ人男性が話しかけてきた。英語だったが、僕でもなんとか聞き取れるレベル。彼は昔、秋葉原で働いていたという。しばらく雑談をしていたら、僕の最寄り駅に着いたとき、自分のトークン(切符)で、僕の分まで乗車分を払ってくれた。この最初の体験でトルコのイメージがぐっと良くなった。

とにかく寒い! 冬のイスタンブール

駅で降りると猛吹雪だった。季節は冬。2月だ。僕の格好といえば、短パンに、ダウンベストだけ。凍え死ぬと思った。早く宿にたどり着きたい。急いで、ときに凍った道に滑りそうになりながら、なんとかほうほうの体で宿にたどり着いた。安いゲストハウスだったのだが、なんとそこにはホットシャワーも暖房もなかったのである! 僕は、長いバックパッカー人生で、初めて、寒すぎて夜中に目が覚めるという経験をした。ここにはいられない。僕は、到着したときにラウンジで仲良くなった、サンフランシスコ出身のケヴィンというアメリカ人男性と一緒に宿を変えることになった。どうやらケヴィンもこの宿の寒さに参っていたようだった。

ケヴィンは日本に住んでいたこともあり、アマゾンジャパンで働いていた。今は会社を辞めて世界を旅行しているという。ユーモアにあふれていて、憎めないやつだ。写真が趣味で、パシャパシャと時間さえあれば、写真を撮っていた。

初日からいいことと悪いこと両方に巻き込まれた感じになったけど、僕とケヴィンのつかの間のイスタンブール珍道中が始まることになった。まだ僕の旅は、これからどうなるのか、僕にも予想がつかなかった。

翌日、ケヴィンと一緒に宿探しにでかけた。ちょうど、近くの絨毯屋の二階に1泊1300円くらいの宿を見つけて、暖房もホットシャワーも完備だったこともあって、そのドミトリーを借りることにした。ここをイスタンブールの拠点にすることに決めた。

さて、どうするか。ケヴィンは行きたいところがたくさんあるみたいだったが、僕は、観光地とかにはわりと興味がないタイプなので、持ってきた本をパラパラとめくりながらベッドに横たわっていた。焦る必要はない。1年間あるのだから。とにかく、こうしてイスタンブール生活は始まった。異国の地で、文化も何もかもが違う場所で、首をキョロキョロさせながら戸惑っていた。とりあえず、今日は寝よう。そうして、本を枕元に置いて、僕は眠りについた。

 

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