会社を2カ月休んで北極へ 25歳の営業マン「雪のなかで自分と向き合った」

北極圏で西郷さんは、食糧などを積んだそりを引きながら、ひたすら前へ歩き続けました(提供:荻田泰永遠征事務局)

入社3年目の会社員が2カ月間仕事を休み、北極圏へ――。なかなか考えられないことですが、東京都で働く西郷琢也さん(25歳)は、それを成し遂げました。今年3月25日~5月11日のあいだ、冒険家・荻田泰永さん(41歳)が主催する「北極圏を目指す冒険ウォーク2019」に参加し、12人のメンバーとともに、カナダ・バフィン島の雪原世界で600キロを踏破したのです。ごく普通の会社員がなぜ北極へ行くことになったのか、話を聞きました。

「連れて行ってください」と冒険家にメモを手渡し

きっかけは、西郷さんが働く大塚倉庫が昨年4月、荻田さんを招いて社内で講演会を開いたことでした。大塚倉庫は「ポカリスエット」や「カロリーメイト」などで知られる大塚グループの事業会社のひとつで、物流事業を柱としています。講演会は、社員たちの見識を広めるねらいで実施されました。

荻田さんは昨年、南極点に無補給単独歩行で到達し、その功績等により植村直己冒険賞を受賞。テレビ番組『クレイジージャーニー』(TBS)に出演するなど、冒険家として活躍しています。

移動中は一列に隊を組んで進むため、会話は少なく、ひとりの世界になります(提供:荻田泰永遠征事務局)

講演で荻田さんは自身の経験などを語り、「来年は若者を連れて北極に行こうと思っている」と話しました。そのとき西郷さんは「何かハッとするものを感じた」といい、講演会が終わったタイミングでA4用紙に「(一緒に)連れて行ってください」とメッセージを書き、氏名、連絡先を記して荻田さんに手渡したそうです。

荻田さん自身、22歳の時に冒険家・大場満郎さん(66歳)が主催した「北磁極をめざす冒険ウォーク2000」に参加し、北極圏を踏破しています。極地冒険の歴史を次世代につなぎたいとの思いから、今度は自分が若者たちを連れて、北極圏を冒険しようと企画しました。

北極に行こうと思い立った理由について、西郷さんはこう語ります。

「営業マンとしての仕事で成績が伸びず、思い悩んでいたら、上司から『非日常に身を置いて、自分を見つめ直してみてはどうか。きっと自分自身に何が足りないか気がつくはず』とアドバイスされたんです。『冒険ウォーク』の話を聞いたときは『これだ!』と思いました」

それでも、明確な理由は今でもはっきりしないようです。

「仕事で行き詰まっていたから、何か環境を変えたかったのかもしれない。現実から逃げたい気持ちもあったのかな。でも、とにかく行きたいと思ったんです」

何かにチャレンジする時、その理由を明確に言葉にできる人は、むしろ少ないのかもしれません。世の中の冒険家たちの多くも、自身が冒険する理由についてうまく答えられない人が多いようです。

「冒険ウォーク2019」には20代の男女12人が参加しましたが、なかには会社から休暇の許可が下りなかったため、仕事を辞めて参加した人もいます。

「はじめは(自分も)『会社辞めなあかんやろな』と思っていたので、なかなか決心が付かなかったんですが、思い切って上司に相談したら『行って来い。仕事のことは気にするな』と後押ししてくれたんです」(西郷さん)

情熱のある人を「止めるわけにはいかない」

会社主催の講演会がきっかけだったとはいえ、西郷さんの挑戦に会社が理解を示したのは、大塚倉庫の大塚太郎代表取締役会長の考え方も大きいようです。大塚会長は、西郷さんの「冒険ウォーク」参加について、こう言います。

大学時代を徳島で過ごした西郷さんの趣味は阿波踊り。史上初(?)となる北極圏での阿波踊り(提供:荻田泰永遠征事務局)

「私もスペインで闘牛をやったり、南極探検をしたり、NASAで無重力フライトを体験したりしていますが、自身の経験から『良いインプットによって、良いアウトプットが生まれる』と実感しています。豊かな人生経験を積んだほうが人間としての魅力が増し、ゆくゆくはビジネスにも生きてくるのです」

西郷さんが参加したことがきっかけとなり、大塚倉庫は自社の敷地を荷物置き場として貸すなど、さまざまな形で「冒険ウォーク」をサポートしました。大塚会長は、こう続けます。

「北極に行こうなんて、相当に思い切らないとできないことですよね。自らの意志で何かを成し遂げようとしている人を、止めるわけにはいきませんよ。自分のやりたいことと、ビジネスマンしての社会生活が両立できるほうが、会社にとっても従業員にとっても良いじゃないですか」

2カ月間も長期休暇を取ることについては、「休暇が認められるかどうかはケースバイケースですが、若手社員が2カ月休んだぐらいで現場が混乱するようでは、経営者として失格ですよ。それぐらい、まったく問題ありません」と明言しました。

大塚倉庫本社で5月下旬、「冒険ウォーク」の報告会が行われ、西郷さんが進行役を務めました。

「冒険ウォーク」の参加費用は、約100万円。2カ月間の休暇は有給休暇を使うなどして、会社の規定に沿って確保しました。西郷さんは「冒険ウォーク」ではリーダー役を任され、チームを引っ張っていく経験もしました。帰国後、2カ月間の経験をこう振り返っています。

「雪のなかを歩いている間、ずっとひとりで自分の内面と向き合っていました。チームの進路を決める際に、楽観的過ぎる見通しを立てて失敗してしまい、リーダーとして自分が不甲斐なく思えることもあったのですが、それでも最終日に、自分たちの歩いてきた一本の道を目にしたときは、何とも言えない達成感がありました」

北極での経験は、西郷さんの人生そのものを豊かにしたはず。仕事でもプライベートでも、きっと生かせる場面が出てくるに違いありません。

 

TAGS

この記事をシェア