知る人ぞ知るパワースポット、板橋の「縁切り榎」で悪縁を絶ち切れるようにと祈る

「善縁をむすび、悪縁をたつ」

お気に入りの散歩道がある人は幸せだ。健康で体力がなければ歩けないし、心に憂いを抱えていては無心に楽しめない。身近に手頃な道があって、そこをぼんやりと歩けるのは、実はとても運のいいことなのかもしれない。

最近のお気に入りのルートは、JR板橋駅から都営三田線の本蓮沼駅を結ぶ3キロメートルほどの道である。ぶらぶら歩いて1時間ちょっと。途中に仲宿商店街という賑やかな一角があり、江戸時代には日本橋から数えてひとつめの板橋宿があった。

要するにそこは、京に向かう旧中山道六十七次の一部である。狭い道の両脇にはさまざまなお店が軒を連ね、買い物客で賑わっている。いかにも昔から人が行き来している感じのする、居心地のよい通りだ。

独特な雰囲気を帯びる旧街道沿い

日本橋から二里二十五町の板橋

改装中の板橋駅で電車を降りたら近藤勇の墓のある東口ではなく、反対側の西口から出て左に曲がる。しばらく歩いて首都高速の下をくぐり、国道を渡ると大きなボウリングのピンが見えてくる。

その先を、津田大介氏や西村ひろゆき氏らを輩出した都立北園高校を右脇に見ながらさらに進むと、右側に入り込んだ路地に「板橋宿」というゲートが見えてくる。そこから先が旧中山道だ。

板橋宿は、東海道の品川宿、甲州道中の内藤新宿、日光道中の千住宿と並び「江戸四宿」と呼ばれた。他の3つが大きな街に発展したのと比べるとずいぶんひなびているが、そこがまたよいところでもある。

旧街道が独特な雰囲気を帯びているのは、道にある種の「必然性」があるからだろう。人の手で街道が整備される前から、生き物が自然とそこを歩んで移動するようにできている。現代の直線的な道路との大きな違いだ。

行程のほぼ真ん中を石神井川が流れ、春には川岸の桜の樹から花びらが舞い散っている。そこにかかった橋が、区の名前の由来にもなった「板橋」である。古くは鎌倉から室町時代に書かれた古書の中にその名が見えるという。

降嫁する和宮も避けたパワースポット

向かい側には「名物 榎蕎麦」ののぼりが

さらにその先を数百メートル進んだところに、「縁切り榎(えのき)」という、知る人ぞ知るパワースポットがある。

この榎の木の下を嫁入りや婿入りの行列が通ると、不縁になると昔から信じられている。激動の幕末、徳川家に降嫁する和宮も榎を避け、1キロメートルあまりの迂回路を通って板橋本陣に入ったと伝えられる。

いまはその霊験にあやかるべく「悪縁を絶ち切りたい人たち」が盛んにお参りに来る。ほこらの脇には多くの絵馬が飾られており、定期的に回収されながら次々と新たな悩みが寄せられている。

賽銭を入れて手を合わせて外に出るまでの間、あまり行儀のいいことではないが、絵馬に書かれた悩みをつい見てしまうことがある。手を触れて裏返して見たりすることは決してなく、表から見えるものだけなのでお許しいただきたい。

よく見かけるのは、文字通り「人間関係の縁を切りたい」というものだ。不倫関係を解消したいという願いが目につくが、夫が愛人ときっぱり切れて欲しい、職場のAとBが早く別れますようにというものもある。愛情の絡む人間関係のストレスは辛い。

「趣味のコスプレをやめたい」と願う理由

旧街道沿いに残る古い建物

職場の悩みも多い。嫌な上司が早く辞めますようにというもののほか、「職場の飲み会に行きたくない」「毎日飲みに誘われ疲れ果て、時間もお金も浪費しているが断れない」という絵馬も見たことがある。人の悩みには時代が表れるものだ。

縁切り榎には、病を絶ち切りたい人の願いもよく見かける。難病や事故の後遺症などの名前が並べられており、切実さが伝わってくる。現代医療で手の施しようがなければ、あとは神頼みになるのだろう。

「お酒をやめたい」「タバコとの縁を切りたい」「ギャンブル依存症から抜け出したい」というものも少なくない。夫の「モラハラ」や「家庭内暴力」「浪費癖」が治りますように、という妻らしき人の絵馬も何度か見かけた。

印象的だったのは、大好きだった趣味をやめたいと願う絵馬だ。これまで多大な時間とお金を投じて没頭してきた「コスプレ」との縁を絶ち切りたいというのだが、その理由が「大切な人との時間を過ごしたいから」というものだった。心が温かくなる願いごとである。

「善縁は結ばれる」ことを信じて絶つ

買い物客で賑わう仲宿商店街

DANROがコンセプトとする「ひとりを楽しむ」境地に至るには、ストレスとなる人間関係の排除が欠かせない。適切な「縁切り」が必要なのだ。

縁切り榎で手を合わせると、「関係を絶ち切りたい人」の顔が浮かんできた。どうしても許せない奴の顔だけでない。心を惑わす魅力的な人の笑顔もある。強く願うことは忘却のメカニズムに反するはずだと思いつつ、霊験を信じて祈る。

絵馬の裏には「善縁をむすび、悪縁をたつ」とある。もし自分が絶ち切りたいと願う関係であっても、榎が善き縁と判断したら、うまく結び直してくれるのだろうか。いや、そういう淡い期待が問題の解決を長引かせるのだろう。

いい思い出にしろ悪い記憶にしろ、それに執着しているうちは身を切る辛さから逃れることはできない。まずはいったん、そのような人が存在したこと、幸せな時間があったこと自体を記憶から完全に消し去ろう――。

だがそんなことが簡単にできるほど、人間は単純にできていない。それがいかに難しいことかは、ぶら下げられている絵馬の数を見ればよく分かる。

 

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