ただのオバちゃんが始めた「選挙ステッカー」 誰でも世の中をちょっと動かせる

たとえば子ども食堂とか、10~20代が集まったSEALDsとか、#MeTooとか、政治家などではないごく普通の人が声を挙げ、社会を動かし、誰かのために役立つ。そういうことがSNS社会の中で生まれ/拡がり/育ち易くなっている。

「だから、私も何かやりたいって思っているんです」

そういう人、けっこういるんじゃないだろうか?

実は私もそういう一人……では全くなかった。すみません。ライター業とバイトで暮らす私の日々は忙しく、そんなこと考える余裕もなかった。ところが2013年6月、「選挙ステッカー」というものを突如、始めてしまった。

「選挙ステッカー」は支持する政党や信条に関係なく、ひたすら「投票に行きましょう」と訴えて、投票率を上げることを目的にしたステッカー運動。ツイッターに@senkyostickerというアカウントを作って呼びかけ、現在もゆるゆる活動をしている。

グレゴリ青山さんの選挙ステッカー

アメリカ大統領選挙のマネをしてみたら?

きっかけは、2012年のアメリカ大統領選挙のとき。ニューヨーク在住の友人がブログで、投票を済ませたスターたちの行動を紹介していたのだ。誰もが知っているセレブたちが「I Voted(投票しました)」というシールを指先やほっぺた、胸元などに貼って、自撮りしてツイッターなどにアップしていた。それを見て、こういう風にしたら投票も楽しいなぁと、ミーハー心で思った。

でも、ただ思うのと、実際やるのには、富士山に登るか登らないかぐらい差があるでしょう? 

実際にやり始めたのは、2013年6月の東京都議会議員選挙の投票率が43.50%と半数にも届いてないのを見たとき。当時、東日本大震災から2年ちょっと。社会が激動を始めていた。私も仕事の合間に、国会前の何万人も集まるデモなんかに参加するようになっていた。

デモに行って何万人の一人になっていると熱気に高揚するけど、いざ選挙となったとき、投票率はそれまでと変わらず低いままで、「あの熱気を選挙に拡げられないの?」と思った。選挙に行かなきゃ何も変わらないし、変えられない。

どうして? どうしたらいいの? 何が出来るのか? そうだ、あのステッカー、やってみたらどうだろう? 単純にそう思った。

当時の日記に私は、こう書いた。

「この前の、大統領選挙んとき、ケイティ・ペリーやらビヨンセやら、セレブたちが『投票しました』という小さなシールを貼って、ジャ~~ンって感じでツイッターに自撮りをUPしてた。あれ、すごくいいと思う。あのシール。かわいいのがあれば。かわいい投票しましたシールを胸に貼って、みんながツイッターとかFBにUPして、それがイケてると自慢し合う。そういうのがあればいいように思う。誰か、誰か、かわいいシールを!!!『参院選に投票しました』シールを! それを選挙当日、ダウンロードして胸に貼って1日過ごせばいいんだ。どうだろう?」

「どうだろう?」と正直誰かにやってもらいたかった。自分が先頭に立って何かやるなんて、とんでもない、無理無理。私は人の陰に隠れてこそこそ生きる人間なんだから、って臆していた。しかし、ミーハー心が私に「こういうステッカー、やってみたら面白いんじゃないか?」とツイートさせた。そのときは、ツイートして終わりだと思っていた。

有名漫画家がイラストを描いてくれた!

けど、すぐに「おもしろい」「それ、いいよ」「やりなよ」と周囲のイラストレーターや友人たちがワイワイ言い始め、引くに引けなくなった。ありゃ、どうしよう?

次々と友人たちが「投票に行こう」「I Voted(投票しました)」「Go Vote(投票に行こう)」と書いたイラストを描いてくれ、それをツイートしろ、まとめサイトにアップしろ、こうした方がいい、ああした方がいいとツイッターを通じて言われ、私は言われるままにあたふたと泣き言や愚痴もいっしょにツイートしていた。

上条淳士さんの選挙ステッカー

それはじわじわ、ほんの少しずつ、拡散されていった。

しかし、泣き言も言ってみるもんです。「和田さんがあまりに困ってる様子なのでお手伝いします」と見知らぬ女性がツイートしてきてくれて、うわぁ~、助かったぁ!と、二人三脚でやることにした。

こういうときは一人で意地を張っても限界がある。1人より2人。2人より3人。3人より4人だ。素晴らしいことに、その女性のつながりから漫画家の吉田戦車さんがステッカー用イラストを描いてくれて、ワッと一気にリツイート数が上がり、私のやる気に火がついた。

吉田戦車さんの選挙ステッカー

さっそく、友人のツテを頼りに東京新聞に活動主旨とステッカーを印刷したものを送ると、なんと!取材をしてくれることになった。ありがたく新聞社にお邪魔して話をすると、夕刊一面に大きく掲載されてビックリした。よもや人生で、自分が新聞の一面に載ろうとは! 

と、同時に「ツイッターを見た」という朝日新聞の大阪本社の人から連絡があり、そちらにも載せてもらえた。ちょうどネット選挙解禁、ネットを使った選挙広報が出来るようになったときで、ネットを使った選挙ステッカーの活動はうまくそれにハマったのだ。

江口寿史さんの選挙ステッカー

さらに、いつも聞いていた吉田照美さんのラジオ番組「飛べ!サルバドール」にも活動主旨とステッカーを送ると、番組冒頭で紹介してくれた。それまで面識があったわけではない。とにかく、手紙を書いて送ろう!と、せっせと書いた。

ちなみに、このときの選挙ステッカーの目標は7月にあった参議院選挙。活動を始めてから1か月後だ。私は徹夜をしてステッカーを島忠で買ってきた専用紙に印刷し、ハサミで何百枚も切り取り、説明書と合わせて小さなビニール袋に入れてパックし、友達といっしょに駅前で配ったりもした。

印刷したステッカーを手に、「こういうのを置いてくれませんか?」と飲食店や本屋さんなども廻ってみた。友達が笑って「和田が無駄な動きをするときはすごいエネルギーだ」と言ってたが、ほんとだ。

当時は書く仕事も全然なくて、バイトも喧嘩をして辞めてしまい、お金も底をつき、生活にはめちゃくちゃ困っていた。本当はこんなことしてる時じゃないのに……。いや、でも、だからこそ、私はこの活動で自分を奮い立たせていた。

そうして迎えた参院選は、ステッカーが話題になったのとは裏腹に、投票率は戦後3番目に低い52.61%だった。ガッカリ。無力感を抱いた。

ヤマザキマリさんの選挙ステッカー

でも、私はもう止まることはできない。それに、すでにそれは私一人のものじゃなかった。後から加わった女性、最初に絵を描いてくれた仲間たち、みんながワイワイ騒いで、多くの人が反応し、ステッカーを使い、楽しみ、そして、次々に有名な漫画家さんたちが無償で著作権フリーの選挙ステッカーを描いてくれた。

私も見ず知らずの漫画家さんや画家さんにツイッターでお願いをしたりもした。そうそう、返信はなかったけど、宮崎駿さんにも手紙を書いて送りつけたりもしたなぁ。素人の無鉄砲さ、数撃ちゃ当たるさ!と、いささか迷惑なほどのパワーになっていたっけ。

誰もが気軽に「何か」を始めていい

2014年12月の衆議院選挙の時には、読売新聞でも一面トップに「選挙ステッカー」が掲載された。取材時に記者の人にいきなり「今回の衆院選の争点はどこにあると思いますか?」なんて聞かれて、しどろもどろになったりもした。

テレビのニュース番組でも続々紹介され、私の人生のクライマックス! 嵐の櫻井翔さんが「音楽ライターの和田靜香さんが始めた」と番組の中で言って、テレビの前で「嵐だぜ、嵐」なんて、一人で大爆笑していた。いや、まぁ、そういうことじゃないんですけどね、ええ。

この頃になると、投票所でもらえる投票済証を持って行くとお店で割引してもらえる「選挙割り」を始める人がいたり、色々な人が「投票に行こう」と訴えることが当たり前というかフツーというか、前よりずっと気軽にやるようになった。

昔は選挙管理委員会だけが堅苦しく呼びかけていたものが、誰でも呼びかけていい空気が育っていた。その選挙管理委員会も、色々な地方の選管から「選挙ステッカーを使わせてください」と依頼がくるようになった。

江口寿史さんの選挙ステッカー

しかし、2014年12月の衆議院選挙も戦後最低の52.66%。そういう意味では選挙ステッカーはぜんぜん役割は果たせていなかった。それでも、「投票に行こう」と呼びかけることを可視化し、誰もが声を掛けることが当たり前となる一つのきっかけが作れたかもしれない? そう勝手ながら思うことにした。

そうして今も、選挙ステッカーは続いている。私のような、仕事に追われて世の中のことを考える時間がないような人でも何かを始め、仲間が出来て、それが拡がり、ほんのちょっとでも世の中の誰かの気持を変えたり、何かを動かすことが出来たことをとにかくお伝えしたい。

しりあがり寿さんの選挙ステッカー

私はただのオバちゃんだ。どちらかというと目立つことは好きじゃなく、責任は負いたくなくて、誰かの陰でコソコソ生きたい。口は出すけど、面倒はイヤ。そんな人間でも、なんとかなるということを、言いたい。

社会には色々な「困ってる」があふれている。ふと、それが目に留まったとき、あれ? もしかしたらこうしたらいいんじゃない? そう思ったら、とりあえず手を伸ばしてみる。誰もが気軽に何かを始めていい。

そうそう、ちなみに、こうやって何か始めるとあれこれ言ってくる人は必ずいる。そういうのには「ああ、そうですかぁ。ご意見ありがとうございます」と言うだけでいい。言いたい人は言いたいだけ。

さらにまた、仲間が増えると意見が割れる。そのときもまた「ああ、そうですねぇ」と答えて、核となることから外れていなければとりあえず採用し、なんかうまくいかなくなったら「ちょっと戻しましょうかぁ?」とすればいい。

理想原理主義になりすぎると、仲間が離れ、やがて止まってしまう。柔軟に、柔軟に、です。

 

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