小指が切断された急患の男たち…病院バイトで体験した奇妙な出来事~元たま・石川浩司の「初めての体験」

(イラスト・古本有美)

話は前回のコラムの続き。いろいろなバイトを経験した僕だが、ほとんどは長続きしなかった。しかし、そんな僕でも長期間続けることができたバイトがある。今回のコラムでは、そのバイトの思い出を綴りたいと思う。

急患受付の仕事

「の、脳が喰われる~!」

ギャーッ、という悲鳴とともに聞こえてきたのはそんな言葉だった。ここはある繁華街の近くにある大学病院の急患受付。僕はここで5年間に渡りバイトをしていた。

先ほどの声の主は、寝ていたら耳の中にゴキブリが入り込み、奥の方でバリバリと何かをかじっているような大きな音が聞こえているという。深夜、救急車で運ばれてきたのだ。

僕の主な仕事は、そんな患者さんの付き添いの人に患者さんの名前や住所を書いてもらい、再診患者だったら以前のカルテを取りに行き、診察が終わったら処方箋の薬価計算をして会計をするといったものだった。

勤務時間は午後5時から翌朝9時まで。通常、病院が開いていない時間帯だった。長時間のバイトだったが、患者さんが来ない時は本を読んだり、歌詞やミニコミ誌の原稿を書いたりと、個人的な作業ができる時間になった。

他にも良かった点がある。普段の僕は、アマチュアのミュージシャンという正体不明のアヤシイ人物だったが、ここではスーツやネクタイを着用し、「真っ当な社会人としての自分」を保持することができた。それが精神的な支えになっていたのだ。こうしたことが、バイトが長く続いた理由だったのかもしれない。

怖い体験もしばしば

このバイトでは、緊急事態に陥った人たちの人間ドラマを直接見ることができ、それがその後の人生を考える上でとても役に立った。

大きな病院だったので入院患者も多く、当然だが亡くなる人もいた。

深夜、救急受付の自動ドアが、誰もいないのにスーッと開くこともあった。そんな時は、病棟のナースから電話があり「先ほど、患者さんが亡くなられたので葬儀社に連絡してください」と言われることもしばしばだった。亡くなった患者さんがドアを開けて自宅に帰ったのかもしれない。そんなことはしょっちゅうだった。

霊感のまったくない僕が一番怖かったのは、産婦人科である。夜中に手探りで古い診察室を開け、カルテを探していると、「あなたはだあれ?」と誰かに見られている気がする。もしかしたら、たくさんの水子の気配を感じ取っていたのかもしれない。

いろいろな急患

場所柄、いろんな患者さんがやって来た。深夜割増で高額な治療費を請求され、「なんでこんなに高いんだ!」と揉める外国人。暴力団の親分らしい人が運ばれた時は、10人以上の黒服の組員がズラーッと廊下を占拠したこともある。ある芸能人が極度の疲労で点滴を打ちに来たことがあったが、その数日後ワイドショーで離婚が発表され、「ははあん、あれだったのかあ」と思ったりもした。

そんないろいろな患者さんがいた中で、特に記憶に残っているのは、ゲイのカップルとおぼしきオッサンふたりが、元日にやって来たときのこと。

「あのぉ、お尻の中に入っちゃったモノ、取れなくなっちゃったの~」

付き添いの方に「ご家族ですか?」と聞いたら、

「家族? ふふっ、兄弟ではあるわねぇ~」

泌尿器科で救急車搬送は珍しい。救急隊員が男性患者に「ちゃんとお医者さんにあれ、見せるんだぞ!」と言っている。

カルテ整理の時にチラリと見えてしまったのだが、「患者は自作の粘土で作った棒状の物を尿道の中に入れて自慰行為中、その棒状の物が折れ、除去を行う」とあった。創意工夫はとても良いことなのだが、それが仇になってしまったようだ。

その他にも、こんなことがあった。救急車で運ばれて来たお母さん。膣内で電球が破裂して緊急入院することになった。子どもたちがお父さんに聞く。

「ねーねー、お母さん、なんで怪我しちゃったの?」

お父さんは、口をムンッと結び、一切何も答えられずにいた。

みなさん、性的な冒険はほどほどに...。

健康保険は大切

このバイトをして分かったことがある。それは健康保険にだけは入っていた方がいいということだ。

たとえば、3割負担の健康保険証で3000円だとしたら、保険証がない場合、10割負担の1万円になると思っている人が多いのではないだろうか? それは基本的に違うのである。

保険証を持っていないということは「自費診療」ということになり、その金額はその病院・医院で自由に決められるのだ。僕のいた病院の場合、自費診療は30割だった。つまり保険で3000円の治療が3万円になるのだ。私立の小さな病院ではもっと高いところもあると聞いた。

ちなみに、ケンカや自傷行為などは、保険証を持っていても原則として自費診療となる。

ある時、3人のチンピラ風の男が急患でなだれ込んで来たことがある。

「転んで指がもげちまいやして。へっへっ」

全員小指だけがスッパリきれいに切断されている。これはどう見ても転んだんじゃなくて...。この説明でお医者さんが保険診療扱いにしたかどうかは、確認できなかった。

とにかくみなさん、保険証だけは持っておいて!

 

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