都会のフードコートに集う常連たち「くたびれたスーツ」を着たおじさんの正体は?

スーツ姿の人々が行きかうJR新橋駅前

小さな飲食店に囲まれたフードコート。ここでは、「ふだん何をしている人なんだろう?」と首をかしげたくなる人たちとの出会いがあります。ソムリエになるための本を読む青年。俳句教室のテキストを広げて、パンを食べるおばちゃん。栄養ドリンクを飲みつつ手帳に書き込みをしているのは、就職活動中の学生でしょうか。

筆者が最近よく訪れるフードコートは、サラリーマンの街・新橋(東京都港区)のオフィスビルにあります。健康志向の弁当屋やサラダ専門店が並ぶこのフードコートはお昼どき、多くの女性でにぎわいます。しかし、それ以外の時間帯は比較的空いており、無料でWi-Fiが使えるため、ちょっとした作業や休憩に重宝しています。

いつも同じ席にいるおじさん

ここに何度か通ううち、「常連」らしき人たちがいることに気づきました。だいたい14時ごろにやってくるおばさんは、タブレット端末でドラマ『相棒』を観るのが日課。衣類を詰めた大きなカバンを2つ抱えたおばあちゃんは、フロアの片隅でうとうとと居眠りしていることが多いです。

なかでも気になるのは、いつも同じ席にいるスーツ姿のおじさんです。このおじさん、「見ない日はない」というくらい、遭遇率が高いのです。

おじさんの年頃は、60前後でしょうか。ワイシャツのうえにくたびれたジャケットを羽織り、スポーツ新聞を読んだり「ナンクロ」を解いたりしています。かと思うと、カバンや本を置いたまま、20~30分間席を外すこともあります。そして夕方には、荷物をまとめてどこかへ帰っていくのです。

フードコートの弁当屋で働く女性(30歳)によると、おじさんはほぼ毎日、現れるそうです。「早いときは朝8時くらいから見かけます。おじさんの『席』を誰かが使っている場合は、近くの席で待っていて、空いたらすぐ移動しています」というのです。おじさんのもとには時々、怪しげな風貌の別のおじさんが訪ねてくるということまで教えてくれました。

おじさんは何者なのか。気になって仕方ないのですが、平日の昼間、フードコートで見ず知らずの人に話しかけるのは勇気がいります。そもそも、なんと声をかければいいのでしょう? 「こんにちは。おじさん、何者ですか?」とは言えないのですから。

おじさんは痩せ気味で、元気がないようにも見えます。リストラされたことを妻や子供に言えず、会社に行くフリをして、毎日ここで時間を潰している……というのが、筆者の予想でした。

JR新橋駅前にある「駅前広場」

「フードコートって面白いよね」

おじさんの存在を知ってから5日ほどたったある日、そのときはやってきました。おじさんの「定位置」の隣の席が空いていたのです。おじさんは、テーブルにスポーツ新聞を置いたまま、席を外していましたが、弁当を食べながら帰りを待つことにしました。

しばらくすると、これまで見たことのないおじさんが隣の席にやってきました。このおじさんBは、あたりを見渡すと、すぐに去っていきました。おじさんBは、例の「怪しげな風貌」のおじさんなのでしょう。

やがて、いつものおじさんAが席に戻ってきました。思い切って話しかけてみます。「おじさん。別のおじさんが、おじさんのことを探しているようでしたよ」。短い一文のなかに「おじさん」を3回も使ってしまいました。

おじさんAは「ああ、そうでしたか」と、腰を下ろします。聞けば、おじさんAとBは学生時代の友人とのこと。では、おじさんAは毎日ここで何をしているのですかと聞いてみると……。「フードコートって面白いよね。いろんな人がいるから」と、笑います。

おじさん、実は雑誌などで執筆するライター。まさかの同業者だったのです。「このあたりの休憩所やフードコートで最近、悪徳商法の勧誘が行われていると聞いて、取材しているんですよ」とのこと。おじさんによれば、実態のない会社でも、そこにあるように見せられるため、オフィスビルの休憩スペースは、そうした勧誘に使われることがあるといいます。

何度も席をはずすのは、あちこちで繰り広げられる「やりとり」を見にいくためだそうです。となると、あの怪しげなおじさんBは、情報提供者かなにか? 「いやいや。彼は場外馬券売り場に向かう途中で、暇つぶしに寄っていくだけ」。一気に拍子抜けしてしまいました。

「あの人は何をしているんだろう?」。そう思って話しかけた相手もまた、「あの人は何をしているのだろう?」と別の人を追っていたわけです。ということは当然、連日ひとりフードコートで過ごす筆者を見て、「あの人は何をしているのだろう?」と思っている人も、どこかにいるのでしょう。

「深淵をのぞくとき、深淵もまたこちらをのぞくのだ」という有名な言葉を思い起こさずにはいられない昼下がりでした。

 

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