三軒茶屋・桜新町・二子玉川…玉電廃止から50年、街はこんなに変わった(画像集)

三軒茶屋(撮影・大塚勝利/吉野太一郎)

渋谷と現在の二子玉川の間を1969年まで走っていた路面電車「玉川電気鉄道」が、廃止されて今年で50年。国道246号をトコトコ走っていた緑の路面電車の面影も、ほとんどありません。

「玉電萌え」の拠点とも言うべき、二子玉川の「大勝庵 玉電と郷土の歴史館」館長の大塚勝利さん(76)が50年前に写した場所に立って、今の様子を当時の写真に重ねてみました。

【前編】玉電廃止から50年 思い出を集めた資料館「あの時代に戻れないかな」

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渋谷

渋谷(撮影・大塚勝利/吉野太一郎)

JR渋谷駅に今も名前が残る「玉川改札」は、ここが東急玉川線の乗り換え口だった名残です。この正面にある東急百貨店東横店の2階が、玉電の乗り場でした。

大橋

大橋(撮影・大塚勝利/吉野太一郎)

玉電の車庫があった大橋駅(現・田園都市線池尻大橋駅のやや渋谷寄り)。車庫の跡は現在、首都高速の大橋ジャンクションがあり、楕円形の巨大な建物が建っています。

三軒茶屋

三軒茶屋(撮影・大塚勝利/吉野太一郎)

玉電廃止の花電車が走っていた国道246号。当時は上を走る首都高速もありませんでした。多くの人が廃止を惜しんだ歩道橋も今はありません。

三軒茶屋

三軒茶屋(撮影・大塚勝利/吉野太一郎)

ほぼ同じ場所から反対側(二子玉川方面)を眺めた写真。国道246号と世田谷通りの分岐点にある建物は、銀行からカラオケボックスへと姿を変えていました。

駒沢

駒沢(撮影・大塚勝利/吉野太一郎)

駒沢の電停は、現在の田園都市線駒沢大学駅よりも二子玉川寄りにありました。町の雰囲気は激変しましたが「駒沢大学」の看板が現在も残っています。

桜新町

桜新町(撮影・大塚勝利/吉野太一郎)

今は「サザエさんの町」になっている桜新町。ここも当時の面影はほぼありませんが、銀行の建物だけが手がかりでした。

用賀

用賀(撮影・大塚勝利/吉野太一郎)

現在は道路となっている用賀駅までの区間は、玉電だけが走る専用軌道でした。辛うじて当時の面影を残す建物に重ねてみました。

二子玉川

二子玉川(撮影・大塚勝利/吉野太一郎)

モノクロの写真は当時の砧線のホーム。高架化や周辺の再開発で、現在地を正確に特定して撮影するのが難しかったため、現在の田園都市線のホームに重ねてみました。

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「大勝庵 玉電と郷土の歴史館」(電話080-1227-6158)は、原則として火・木・土・日の午前10時から午後3時まで開館。臨時休館もあるので、訪問前に電話で問い合わせを。

4月27日から5月6日まで、三軒茶屋・キャロットタワー3階の「生活工房ギャラリー」で開催される「祝・世田谷線50周年 世田谷線にのって展」にも、大塚さんのコレクションの一部が展示されます。

 

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