会社に行かず「ひとりを楽しむ」浜松町の世界貿易センタービルから高速バスで房総へ行く

新日本百景「鴨川松島」を臨む

東京・浜松町の世界貿易センタービルが、2020年に解体される。1970年の竣工から50年。かつては日本一を誇った「超高層ビル」だった。隣には真新しいクレアタワーがすでに開業している。ひとつの時代の終わりを感じさせる出来事だ。

この古いビルの別館1階にバスターミナルがあることは、あまり知られていない。鳥取や青森へ行く夜行もあるが、昼間は銚子方面の「犬吠号」や「利根ライナー」のほか、木更津や勝浦など房総方面に向かうものが多い。

職場にほど近いこともあって、ビル内の定食屋や書店は毎週のように利用している。仕事の切りがいい日などは、午後半休を取ってふらりとターミナルに行き、そのままバスに乗ってしまうこともある。

春霞煙る東京湾を渡り対岸へ

世界貿易センタービル(中央左)とクレアタワー

先日はついに朝から職場前を通り過ぎて、バスターミナルに直行してしまった。のどかな春の太平洋を眺めたくなったのだ。午前10時40分の出発まで間があるので、2階でゆっくりコーヒーを飲んで乗り場に行くと、目当てのバスの後ろ姿が見えた。

仕方ない、後を追って走るわけにもいかない。そのときは失敗と思ったことが、長い目でみると意外と悪くなかったこともあるのだ。時間つぶしに書店へ行き、ピアニストで文筆家の青柳いずみこ著『ドビュッシー最後の1年』を買った。

房総半島を横断するバス路線

11時30分発の「アクシー号」は数人で出発したが、次の東京駅八重洲口で大勢の客を乗せてほぼ満席となった。そこからタンクやパイプがあらわになった大田区や川崎市の工場地帯を抜けて、バスは春霞で煙る東京湾に向かっていく。

55歳で没したドビュッシーの愛娘シュシュが父の死を嘆く悲しい手紙(彼女も翌年14歳で夭折)を読みながら、うつらうつらしていると、いつの間にかアクアラインを通って対岸の木更津に着いていた。時空をワープしたような感覚が、このルートの高速バスの魅力である。

バスはさらに山深い房総丘陵に分け入る。菜の花が黄色いじゅうたんを敷き詰める畑や、山桜がぽつんと咲いている林があった。久留里城址の周辺は江戸から明治にかけて栄えた趣のある町並みがあり、よほど途中下車しようかと考えたが思いとどまった。

地元で水揚げされた魚を堪能する

パックで買った刺身を紙皿に移す

亀山ダムや君津ふるさと物産館を通ってJR安房鴨川駅前に着いたときには、午後2時20分になっていた。ランチをあてにしていたレストランは、ラストオーダーに間に合わない。出発時の失敗の影響は、予想以上に大きかった。

あてもなく駅前の大型スーパーに入ると、地元の漁港であがった魚介類が並ぶ魚屋があった。どれも新鮮でおいしそうだ。いますぐに食べたい。しょうゆとわさびを買って、フードコートで食べてみよう。

たっぷり20切れはあるワラサ(ブリの若魚)が580円。小いわしのごま漬けが298円。いずれも鴨川産とある。これに九十九里で獲れた、あかにし貝579円を加えた。そして地元で250年以上の歴史がある日本酒「寿萬亀」(じゅまんがめ)の小瓶を買った。

紙皿に並べると、半分も乗せないうちに山盛りになった。しょうゆをかけ、生わさびとともに口に運ぶ。ワラサは脂が甘く、血合いにほのかな酸味がある。まさに地元ならではの体験ではないか。いわしはもちろん、ボイルした貝もしっかりしたいい味だ。

周囲を見回すと、買い物客は誰もこちらに目を合わせようとしない。空腹のせいで、いつの間にか怪しげな行動を取っていたのに気づいた。これを“ひとりを楽しむ”がコンセプトの「DANRO」に書いたらどうだろう。紀行文ならぬ「奇行文作家」という新しい肩書きを思いついた。

砂浜で聴くラフマニノフのアダージョ

静かな春の海水浴場

フードコートで飲酒するのは気が引けて、駅の反対側にある海へ向かった。前原の海水浴場にはサーフィンを楽しむ人たちがまばらにいて、そこで小瓶を開けた。酒は口に残る脂っこさをきれいに洗い流し、魚と貝で一杯になった腹に染み渡った。

のどかで静かで、何もない砂浜である。ぼーっと潮風に吹かれていると、気分をあげるBGMが欲しくなった。ポケットからイヤホンを取り出し、スマホにつなげてラフマニノフの交響曲第2番の、メランコリックな第3楽章をかけた。

弦楽器が繰り返す音型は、寄せては返す波のようだ。上空を旋回するとんびが、長い息で歌うクラリネットのソロを模倣している。

若いころには秘めた恋のメロディに聴こえたアダージョも、いまでは自分の葬儀にかける音楽候補としか思えなくなっている。人生の最期を迎えるとき、走馬灯にはきょうの光景も映し出されているのだろうか。

そういえば、この曲を再評価しレパートリーにしていた指揮者アンドレ・プレヴィンは、2月28日に89歳で亡くなった。彼はさまざまなオーケストラとこの曲を演奏したが、大げさなところがなく、いつも穏やかで温かみのあるものになった。

プレヴィンのホームページには、マルセル・プルーストの質問表に沿って彼の価値観が披露されている。彼は男女に共通して重要な特質に「humor(ユーモア)」をあげていた。それは理想と現実とのギャップの大きさに絶望しながら、現実を肯定的に見ようとする力と言ってよいだろう。

漫画「ねじ式」の舞台に遭遇

時が止まったような太海海岸

陽が傾き始め、帰途につくことにした。元来た道を戻る気にならず、隣の太海(ふとみ)駅まで歩くことにした。途中、漁船が行き交う港が見えた。海の近くまで山が迫る独特な地形と、崖に張り付くように建つ民家を見ていると、ある画が浮かんできた。

つげ義春の漫画「ねじ式」(1968年)である。スマホで検索するとウィキペディアには、あの名作が「千葉県の太海を旅行した経験が元になっている」と書いてあるではないか。

先ほど通りかかった階段も、蒸気機関車が線路もない道を走り抜ける幻想的な場面のモデルになっている。ぶらぶらと散策していると、偶然いいものに出会えるものだ。

駅からは電車が1時間に上下1本ずつしかなく、先に来た内房線の館山行きに乗った。仲違いしたままドビュッシーが死んだことを嘆くサティの様子を読んだり、居眠りしたりしながら、各駅停車を乗り継いで東京駅に帰ってきたとき、夜はすっかり更け、まるで異世界の夢を見ていたような気分になった。

鴨川まで何をしに行ったのか、それは楽しかったのか。晩飯を食べてから帰ってもよかったのではないか。もう少し有意義で計画的な時間の使い方はなかったのか。そう自分に問いかけてみたが、答えはなかった。

人の生涯は何かを達成するための手段ではなく、行程すべてが目的なのだ。それがどういう意味を持っていたのか、旅のすべてが終わってみないと分からない。そういえばプレヴィンは、質問表の「どのように死にたいか」という問いに、ひと言「Later(後で)」と答えていた。

 

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