「今はテレビだけが恋人」 ノムさんが語った「サッチー」のいない日々

インタビューに答える野村克也さん(撮影・萩原美寛)

プロ野球の名選手・名監督として活躍し、その話しぶりから「ボヤキのノムさん」として知られる野村克也さん(83歳)。昨年末に出版された著書『野村メモ』(日本実業出版社)が多くの人に読まれています。プロ野球史上に輝く数々の実績を残しましたが、その裏には気づいたことを小まめに記す「野村メモ」の存在があったといいます。

一方、プライベートでは2017年末に最愛の妻・サッチー(野村沙知代さん)が85歳で亡くなり、野村さんは現在、広い自宅でひとりで暮らしています。野村さんの活躍を支えたメモの取り方のほか、孤独との向き合い方やサッチーへの思いなど、ざっくばらんに語ってもらいました。

素の状態でボヤき続けるノムさん

インタビューが行われたのは東京のあるレストランの個室。テーブルの上に置かれた自著を見るなりボソッと「売れないような本が置いてあるじゃないか・・・」といきなりのボヤキ。見た目はすっかりおじいちゃんになりましたが、顔色も良く、まだまだ元気そうに見えました。

野村克也さんの著書『野村メモ』

――選手時代に「メモ」を取るようになったきっかけは、何だったんですか?

野村:おれは頭が悪いからね。メモしないと忘れちゃうんだよ。B4サイズの大学ノートに、コーチや監督から言われたことを一つひとつ箇条書きでメモしていた。メモを取るには、難しく考えずに箇条書きで書くのが一番いいんですよ。

――メモを取ることで、より深く理解できると著書にありました。

野村:メモを取っている間、自分でもう一度考えるじゃないですか。どういう意味だろうと。おれはメモ魔って言われたぐらいだから、メモが好きなんだよね。それはなぜかというと、自分は頭が悪いっていう自覚から来ているんですよ。まあ、後悔ばっかりしています。もっと勉強すりゃよかったと。

ノムさんを助けたサッチーの口癖

――サッチーこと沙知代さんを一昨年に亡くしましたが、ひとりになって感じるのはどんなことですか?

野村:今はひとりぼっちですよ。”女房ってなんだろう”ってことを、考えさせられます。いるときは何も感じないのに、いなくなると、初めてわかることが多いじゃない。

――いなくなって分かったことというのは?

野村:世の中に出て働いていると不平不満もあってね。同業者には言えないけど、女房には言えることがたくさんあったんです。そういう話し相手がいないことが、一番寂しいね。家でぼやいていると、聞いてくれるのは女房だけですから。

みんな受けてくれたからね。まさに女房ですよ。何でも受け止めてくれる。人には絶対に言えないことでも、女房には言えた。それはすごく感じています。

今は男の弱さを痛感してますよ。男って弱いね、強そうに見せていても、やっぱ奥さんがいないとダメよ。

――何でも言える関係だったというのは、素敵なことですよね。

野村:「なんとかなるわよ」っていうのが、女房の口癖だったんです。(監督をしていた)南海ホークスをクビになったときには「関西なんか大嫌い、東京に出よう、東京」と言われて、一緒に東京に出たんだけど、あのまま関西に残っていたら今の自分はなかった。災い転じて福と為すとでもいうのか、そういう感じですね。

沢口靖子の「科捜研の女」が好き

――現在、仕事がないときはどうしているんですか?

野村:テレビ見るぐらいしかやることがないので、今はテレビだけが恋人ですよ。

――どんな番組をご覧になるんですか?

野村:プロ野球や高校野球も見ますけど、今は沢口靖子の出ているあれ、『科捜研の女』が大好きでね。犯人探しみたいなドラマが好きなんですよ。こいつが犯人だとか自分でも考えて、当たってる当たってないって、そんなことをして楽しんでますけど。

――ノムさんだったら、いくらでも周囲に話し相手がいそうなものですが、そうでもないんですか?

野村:いないですよ。誰もいない。僕は酒も飲まないし、人付き合いや人間関係がまったく下手でね。

――大人数というのはあまり好きではない?

野村:うん、好きじゃないね。

――ひとりの生活では、どんなことを感じますか?

野村:人間って、最後はひとりで死んでいくんだなって。今は死を待っているだけだから。死について考えることが多いです。どういう死に方がいいか、人間は死に直面したときにどうあるべきかと。

――何か答えは見つかりましたか?

野村:見当たらないね。これまでずっと野球で生きてきたから、野球界に何かの形で恩返しをしたいという思いはあるんだけど、どういう形にしたものか……。何かいい方法あったら、教えてくださいよ。

――最近の野球界を見ていて、思うことはありますか?

野村:高校野球なんかのアマチュア時代に、みんな異口同音に「将来はプロ野球選手になりたい」という夢を語るわけです。そのこと自体は全然構わないんですが、実際にプロに入ると達成感に浸っちゃう選手がすごく多いんです。

プロ野球選手としての現役時代にバットを振り続けた手

――小中高とずっと野球を続けてプロになれたら、達成感に浸るのも無理はない気もしますが。

野村:すぐ切り替えてもらわないとダメです。監督をやっていて、いつも感じていました。「お前らプロに入ってきて夢を達成して、それで終わったと思っているんじゃないのか。冷静に考えてみろ。プロに入ったら、いよいよスタートだ。スタートラインに立ったんだ。スタート地点と到達点を取り違えていたら、大きな間違いだ」。こう言って目を覚まさせていました。

――厳しい世界ですね。

野村:プロ野球選手は、契約金だとか給料も一般のサラリーマンよりたくさんもらうでしょ。若くして金を持つとどうなるか、夜遊びですよ。遠征先でも、ホテルの庭でバットを振っていると、先輩からよく誘われました。「バットなんか振って一流になれるんなら、みんな一流になってるよ。この世界は才能だ、素質だ。早く着替えてこい、綺麗な姉ちゃんがおるぞ」って。

――誘惑はなかったんですか?

野村:ぐらぐらっとして、気持ちは動いた。そりゃ、遊びのほうが楽しいわね。でも、着ていく服とかお金がないから、「僕はいいです」って、断りました。そのとき、心のなかでは「こんちくしょう!」と思うわね。今に見ていろと、ひたすらバットを振ってね。

――地道な努力を続けたんですね。

野村:一番嬉しかったのは、二軍の監督に全員集合させられて「ちょっと手を広げてみろ」と言われて、選手全員が手のマメの検査をさせられたんです。

みんな「何だいこの手は」と言われるなか、僕はもうマメだらけだから。「おお、野村、いいマメ作ってるな。みんなよく見ろ、これがプロの手だ」と言われて。嬉しかったなあ、よう忘れんわ。そうするともう、ますますバットを振るわね。マメ作りに専念ですよ(笑)。

――その後、夜遊びの誘惑はなかったんですか?

野村:あることはあるけど、行かない。ただ、野球がうまくなりたい、早く一軍の選手になりたい、そういう夢しかなかったから。先輩連中を見ていたら、酒と女でたくさんの選手がダメになってしまった。

――意志の強さですかね?

野村:遊びに行くほどの金もなかったからね。でも、プロ入り4年目でレギュラーを取ったころ、金が入って遊びを覚えてからは野球が全然ダメになった。これはいかんって気がついて、また原点に帰ってコツコツとやりだしたんだよ。それでホームラン王を取れるようになってね。夜の三冠王はダメよ、飲む・打つ・買うは。

仕事がある間は大丈夫

――年を取ってひとりになったら、どう過ごしたらいいと思いますか?

野村:どうですかねえ。幸い、おれは今も仕事がある。仕事がある間は大丈夫じゃないですか。男ひく仕事はゼロですよ。逆に仕事がある間は大丈夫。今でもテレビとか新聞とかが引っ張ってくれるので、本当にありがたいと思っています。

――今は仕事が生きがいですか?

野村:ええ、いい仕事をしていれば、見てる人は見ている。おれは処世術が0点だから。挨拶もろくにしないし、社長や代表におべっかも言えないしね。本当にまあ、なんちゅうか、世渡りは下手です。

しかしみんな、お世辞を言われると嬉しいのかね。野球界でもそういうのがいますよ。ペコペコ、ゴマをすりまくって生きているやつ。監督とか球団社長とかにゴマすったりして。やっぱり偉くなると、ペコペコしてくるやつっていうのは、かわいいんだね。豚もおだてりゃ木に登るです。

――男は弱い存在、という言葉が印象に残りました。

野村:弱いですよ、みんな。表には出さないだけでね。野球選手だって、「自分ひく野球イコールゼロ」っていうのは、みんなわかっていると思うんだ。おれから野球とったら何もないっていう。実力の世界だから、いい結果さえ残せば残れるわけだから。ゴマする前にいい結果を出すのが先だよ。

一生懸命やってりゃ、見ている人は見ている。これが私の信念ですよ。

取材を終えて周囲のスタッフたちが口々に「ありがとうございました」とお礼の言葉を述べると、ノムさんは「しょうもねえおじいさんがよくモテるわ……」とのボヤキを残して去っていきました。ノムさん、これからも日本の球界のためにボヤき続けてください!

【ポトフ(by 朝日新聞社)関連記事】

ダメな夫の本音―野村克也「奥さんが強い家庭が、うまくいく理由」 [telling]

ダメな夫の本音―野村克也「会話がなくても、ご飯を作ってくれなくても…」 [telling]

 

TAGS

この記事をシェア