中央線をひたすら西へ西へ、そこで見つけた清らかな「聖地」~大都会の「黙考スポット」

「黙考スポット」を求めてたどり着いた「聖地」

ふだん東京のネットベンチャーの慌ただしい現場に身を置いている筆者が、大都会の喧噪から離れ、ゆっくりと物思いにふけることができる「黙考スポット」を探索するこのコラム。今回は、中央線をひたすら西に向かって、黙考スポットを探してみた。

都心の黙考スポットでは満足できない

そもそも東京の都心で「黙考」できるところなんてあるのだろうか…。

これまで港区、中央区、江東区、杉並区、大田区など23区内の黙考スポットを紹介してきた。コンクリートジャングルな都心の中で静寂や自然を求め、隠れた森や川、神社仏閣に身を寄せてきたが、耳をすませばやっぱり車の騒音が聞こえるし、見渡せば人の姿が目に入る。所詮、東京砂漠の中のまやかしの「オアシス」では、真の「黙考スポット」にはなり得ないのではないだろうか。

そこで、23区の外に「オアシス」を求めてみようと思い立った。心が病み始める初冬のとある平日、無理やり仕事のアポイントを入れずに、丸一日フリーな時間を作った。フリーといっても、仕事のメッセージは受信してしまうし、即レスしてしまう社畜精神はまだ消えないのだけれど…。

「そうだ、もっと西に行こう」

さて、どこに行こうか。「そうだ、もっと西に行こう」。バブル時代のJR東海のキャッチコピーが降りてきたかのように、僕は西へ向かうことにした。

日頃乗り慣れた中央線をひたすら西へ西へ。病的に都心から逃げるようにして、西へ西へ。究極の「黙考スポット」を求めて、西へ西へ。

20代の頃に高円寺に住んではいたけれど、荻窪より西にはほとんど行ったことがない。吉祥寺の良さも、降りたことがないので分からないのだ。

西に向かって郊外に出れば、車内の混雑もなくなり、車窓から見える景色に癒やされるのだろうと予想していたけれど、全くそんなことはなかった。

国分寺、国立、立川、八王子あたりは学生や社会人の乗降者も多く、都心の地下鉄と変わらない混雑を感じる。窓から見えるのは、プラスチックの破片みたいな屋根や見慣れた灰色のマンションばかり。そうこうしている内に、終点の高尾駅についてしまった。

「ダメだ、全然癒やされない。もっと西へ行かなくては」

中央本線に乗り換えた。車両には「大人の休日倶楽部」(JR東日本の会員制サービス)に加入してそうな初老のおじさん3人組と、朝帰りのキャバクラ嬢らしき女性しかいなかった。

「山と川」に癒やされて

車窓から深い緑が見えてきた

高尾駅を出発して程なくすると、車窓の風景がガラリと変わった。僕らを乗せた小さな列車は山々に囲まれる。緑色が少ない冬の山は寂しさを感じるが、針葉樹の緑もあって心が癒やされてくる。

「これだよ、これ」

相模湖駅に近づくと川も見えてくる。「山と川」。そう、都会に疲れた僕が求めているは「山と川」だった。それだけでいい。

ノートパソコンを取り出して、少し仕事をしようと思ったが、車窓から見える風景を見ていると、パソコンの画面を見るのがアホらしくなる。

車内からはおじさん3人組の雑談が聞こえる。朝から缶ビールを飲んで楽しそうに会話している。元サラリーマンのようだ。キャバクラ嬢はボックスシートに横になって爆睡し始めていた。

普段見ない光景と会話を耳にしながら、缶コーヒーをすすり、悠久の時を過ごす。

見つからない究極の「黙考スポット」

気づくと、山々の風景から再び建物が目立つ風景に変わってしまい、終点の甲府駅(山梨県)に到着してしまった。甲府駅で降りても地方都市感があり、癒やされそうにない。

「もっと、西に行かないといけないのか…」

さらに奥地へ進む中央本線に乗り換えた。しかし、先程の中央本線よりも乗客が多く、座席はほぼ満席だ。長野方面への登山客、観光客のようだ。人が増えると興ざめしてしまう。西に行っても、究極の「黙考スポット」は見つからないのか…。

諏訪湖まで行ってみようと思ったが、中央本線の鈍行はとにかく時間がかかる。グーグルマップで帰宅時間を確認すると、家に帰るのに5時間半かかることがわかった。

車窓から見える自然に癒されるものの、「東京から離れすぎてはいないか?」という不安に襲われる。ひとりになりたいと感じながらも、見えないTOKYOからの呪縛。

桃鉄(ゲーム「桃太郎電鉄」)の駅で聞いたことのある小淵沢駅で降りてみるものの、落ち着くカフェなどなさそうだったので、高尾駅まで戻ることにした。「勝沼ぶどう郷駅」を通り過ぎると、女子大生旅行客らしい姿を見かける。

まだまだ都心に囚われてしまっている僕にとって、「山梨県」はレベルが高かったのかもしれない。高尾駅で下車し、小腹が空いていたのでいつものように「食べログ」で高得点の安い店を探し、駅近の釜飯屋で腹ごしらえする。

高尾山近くで見つけた聖地「天皇陵」

今から高尾山を登る気力はないので、近隣で黙考スポットを探す。グーグルマップを確認すると、高尾山とは異なる方角、駅の北方に大きな緑地帯がある。

そこにあったのは、「昭和天皇 武蔵野陵」と「大正天皇 多摩陵」。

全く知らなかった。こんなところに天皇のお墓があったとは。何で知らなかったのだろう。「皇居」や「靖国神社」はニュースで見るけれど、ここ高尾の「天皇陵」はメディアで見たことことがない。隠密にされているのだろうか。

天皇陵へと続く道

「荘厳」という言葉をこれほど感じたことはない。神社の参道のように大きな杉の木と砂利道が続くが、そこに観光客は誰一人いない。整えられた砂利道を歩く「シャリ、シャリ」という音と、上品な鳥のさえずりしか聞こえない。

参道は先が見えないように蛇行していて、お墓らしき建物は一向に姿を現さない。天に導かれるように歩を進める。明らかに普段とは違う空気を感じる。異世界に入っていくような錯覚を覚える。見上げると空は信じられないほど青く、高く、美しい。

荘厳な雰囲気の「昭和天皇 武蔵野陵」

静寂な森を抜けると、大きな鳥居と石壁で出来たドーム状の建物が見えた。自然と墓前に立ち、深々と頭を垂れる。

石碑型のお墓は天皇、皇后と2つ並んでいる。後ろには大きな森と青空がそびえ、自然界と一体化しているようだった。空が天高く抜けている。人生で感じたことのない青空。今まで感じたことのない「日本人感」が降臨してくる神々しい雰囲気。

「黙考スポット」などという軽々しいワードで言い尽くしてはいけない聖地だった。

心が清く洗われた気分になった。一方で頻繁に訪れるべき場所ではなく、何か人生の大きな節目に再訪すべき本当の「聖地」な気がした。

今日一日は全く仕事が進まなかったけれど、なぜだか「これでいいんだ」と強く思った。

清らかな心持ちで夕刻を迎えると、少し肌寒さを感じた。高尾駅の近くにある、日帰り温泉で体を温めて、僕はまた再び都心へと戻った。

 

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