平成の終わりに浅田彰『逃走論』を読み返す

「スキゾ・キッズの冒険」から35年

朝日新聞が運営する「好書好日」というサイトが企画した「平成の30冊」が話題になっている。「新聞や週刊誌で書評を執筆している方々」120人に、1989年から2008年までに出た本の中から5冊を選ばせ、点数化して集計したものがランキングになっている。

1位は村上春樹の『1Q84』、2位はカズオ・イシグロの『わたしを離さないで』、3位は町田康の『告白』という順だ。一見して小説が多く、多数決の宿命なのか、話題作がバランスよく並んだ無難さをぬぐえない。

30冊のリストを見ても、平成とはどういう時代だったのか、イメージがいまひとつ湧いてこない。この30年は、そんな漠とした期間だったろうか。もう少し思想を感じさせるランキングにするお題の出し方や選者の指名に工夫のしようはなかったのか、という疑問がないではない。

平成は「昭和」を終わらせる猶予期間

平成とは、国内においては「昭和」という時代を完全に終わらせるための猶予期間だったように思えてならない。

高度経済成長、終身雇用と滅私奉公、年功序列と精神論、家と結婚、男女らしさと性的役割分担――。昭和に全盛を誇った価値観がどんどん崩れていった。マイホーム離れ、マイカー離れ、高級ブランド離れといった若者の消費行動の大きな変化もあった。

これらの現象を予見した本のひとつが、浅田彰の『逃走論』だ。初版は奇しくも『1Q84』の舞台となる1984年(昭和59年)。「好書好日」の対象外だが、個人的にはこういう本こそが「平成の1冊」にふさわしかったように思える。

『逃走論』が巻頭に掲げるのは「逃走する文明」と題する短いエッセイだ。初出は雑誌『ブルータス』の1983年新年号で、「スキゾ・パラノ」という言葉は翌年の流行語大賞にもなった。当時、浅田氏は25歳の京大助手。その書き出しはこうなっている。

「男たちが逃げ出した。家庭から、あるいは女から。どっちにしたってステキじゃないか。女たちや子どもたちも、ヘタなひきとめ工作なんかしてる暇があったら、取り残されるより先に逃げたほうがいい。行先なんて知ったことか。とにかく、逃げろや逃げろ、どこまでも、だ」

「パラノ・ドライヴ」に疲れた男たち

日本の男が重い役回りから降り始めた

『逃走論』が予見した通り、平成の男たちは逃げることを覚えた。1990年(平成2年)の生涯未婚率は男性5.6%、女性4.3%とまだ低かった。それが2015年(平成27年)になると男性23.4%、女性14.1%にまで増加し、性差も大きく開いていった。

この要因についてはさまざまな分析があるが、有効な対策が打てないまま少子化が進行し、生産年齢人口の減少が加速した。カネがないから結婚できないという声があるが、それではどういう結婚のために、どれだけのカネが必要になるというのか。

おそらくそこには、男の甲斐性の名のもとに、マイホームやマイカー、子どもの大学進学や就職といった負債が山のようについてくるのだろう。そんな「あるべき家族の姿」の重みを負わされることから「男たちが逃げ出した」のだ。

「逃走する文明」には、こう書かれている。

「さて、もっとも基本的なパラノ型の行動といえば、《住む》ってことだろう。一家をかまえ、そこをセンターとしてテリトリーの拡大を図ると同時に、家財をうずたかく蓄積する。妻を性的に独占し、産ませた子どもの尻をたたいて、一家の発展をめざす」

浅田氏は、近代文明はこうした「パラノ・ドライヴ」によって成長してきたと指摘する。筆者にはこれこそが、厚かましい「昭和」と呼ばれるものの正体に思えてならない。男たちはそんなパラノな役回りは御免だと、舞台を降りているのが現実ではなかろうか。

事態の急変と「玉砕」は予見されていた

もちろん、平成の間にも「昭和」は完全に死んではいなかった。就活における大企業信仰は、いまも学生の一部に根強く残る。浅田氏も「成長が続いている限りは」そんなやり方もそれなりに安定しているとしつつ、リスクをこう見抜く。

「ところが、事態が急変したりすると、パラノ型ってのは弱いんだなァ。ヘタをすると、砦にたてこもって奮戦したあげく玉砕、なんてことにもなりかねない」

私事だが、筆者は1991年(平成3年)に社会に出た最後のバブル入社組である。そしていま日本の大企業は、我々の世代を中心に据えたジェノサイドのような大リストラを断行している。逃げ切れなかった同級生たちは、ちょうど砦の中で玉砕しているところだ。

一方、凡庸な筆者が出版社でバブル崩壊をやりすごし、リーマンショック直前にネットメディアに飛び移り、さらにベンチャー企業に拾われて上場に立ち会えたのも、幸運に加えて『逃走論』を読んでいたからと言っていい。

なぜなら、寄らば大樹は必ず倒れ、自分はいつかお払い箱になると覚悟しているからだ。ならば「逃走を続けながら機敏に遊撃をくりかえす」ゲリラ戦を生き抜くしかない。もちろん逃走とは「闘争」でもあり、その指針は例えばこういう記述である。

「ここで《住むヒト》にかわって登場するのが《逃げるヒト》なのだ。コイツは何かあったら逃げる。ふみとどまったりせず、とにかく逃げる。(略)たよりになるのは、事態の変化をとらえるセンス、偶然に対する勘、それだけだ。とくると、これはまさしくスキゾ型、というワケね」

いまになって「90年代には大企業終身雇用が王道だった」なんて言い出して時代の変化を嘆く人もいるが、勘違いした方にも責任がある。バブルに浮かれず『逃走論』くらい読んでいれば、忍び寄る成長の終焉を前に「たえずボーダーに身をおく」大切さが分かっていたはずだ。

私たちの「逃走」は続く

逃げろや逃げろ、どこまでも

世界に目を向けると、平成は、冷戦によるある種の政治的安定が終わった時期でもあった。1989年(平成元年)11月にベルリンの壁が崩壊し、1991年にはソビエト連邦が解体した。

インターネット商用化も平成のこと(日本では1992年・平成4年)。その後、いわゆる「GAFA」などのグローバルIT企業が権勢を奮い、『ジャパン アズ ナンバーワン』(1979年)と称賛された日本企業は存在感を失った。

地下鉄サリン事件やアメリカ同時多発テロ事件などのテロリズム、阪神淡路大震災や東日本大震災をはじめとするさまざまな自然災害も起こり、社会不安が高まっている。

平成の終わりに予想されるのは「逃走」に疲れ果てたり、逃げ遅れて玉砕したりした人たちが、安息を求めて寄り集まることだ。彼らは自己肯定感を回復する口実で、「パラノ=昭和」的な価値観を取り戻そうとするだろう。

激しくやり合う右翼と左翼も、「昭和をもう一度」という点では一致しているように見える。しかし、ここでホンネ丸出しのポピュリズムに流れていいのか。それじゃ平成30年の闘いが水の泡。「昭和」は平成で終わったのだ。

もちろん、男たちが夫や父という立場を拒否し、無責任な遊び人や引きこもりになるだけで問題が解決するわけではない。「あるべき家族の姿」をどこまで柔軟に考えることが可能か、答えが見えているわけでもない。それでも、平成に残された理不尽な問題をひとつずつ崩すために、私たちの「逃走」はこれからも続くだろう。

 

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