ドリアン助川さん、色弱で就職拒否された過去 「孤独で不器用だった」日々を小説に

ドリアン助川さん、色弱で就職拒否された過去 「孤独で不器用だった」日々を小説に
ドリアン助川さん(撮影・斎藤大輔)

作家、ミュージシャン、道化師で、2015年に大ヒットした映画『あん』(河瀬直美監督)の原作者でもあるドリアン助川さん。今年1月に発売された最新作『新宿の猫』(ポプラ社)は、社会に疎外感を感じながら不器用に生きる青年「山ちゃん」と、薄幸で孤独な人生を送る「夢ちゃん」という女性が、詩を通じて心を通わせる物語です。

巻末に「フィクションです」と断ってはありますが、ドリアンさん自身が色弱のため、大学卒業後に就職先を見つけられず、東京・新宿のゴールデン街でもがいていた青春時代が、ほぼそのまま投影されています。

「自分が色弱だってことも、その後のヒリヒリするような日々のことも初めて書いた。そういう中にいるであろう今の若い人にも読んでもらえればいいなと思った」と語るドリアンさん。当時の記憶やその後の人生、作品に込めた思いなどを語ってもらいました。

社会は突然、ボクの前で扉を閉ざした。

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ドリアン助川さん(撮影・斎藤大輔)

物語の舞台は1980年代、バブル景気に浮かれる東京。山ちゃんは学生時代、「色弱」を理由に、希望していた映画、テレビ、広告会社などの就職試験をほとんど受験できませんでした。卒業後はゴールデン街のバーなどでアルバイトしながら、電気やガス、水道の停止におびえる日々を送ります。

社会は突然、ボクの前で扉を閉ざした。採用試験で不利になるのならともかく、ボクがどういう人間であるのか、なにに感動し、どんな創作をしてきたのか、どう生きていきたいのか、面接官にそれを聞いてもらう機会さえ与えてもらえないのだった。(『新宿の猫』より)

山ちゃんはある日、ふらりと立ち寄ったゴールデン街はずれの居酒屋「花梨花」で、冷蔵庫に貼られていた「猫の家族図」を目撃します。描いたのは店員の夢ちゃん。そこは、窓の外に近所の野良猫たちがふらりと現れる店で、常連客が猫を肴にゲームに興じていました。

引き寄せられるように店の常連になった山ちゃんは、児童養護施設出身で、どこか社会からずれた感じの夢ちゃんとひかれあい、秘密の場所で「詩の朗読」デートを重ねます。しかし突然、店から姿を消す夢ちゃん、そこで明かされる秘密……。

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ゴールデン街のはずれにある「花梨」(撮影・斎藤大輔)

舞台となった店は「花梨」という名前で実在しています。小説に登場するメニューもほぼ一緒。3月中旬、カウンターだけの小さな店で、ドリアンさんはいちばん奥の席に腰かけました。

透明な天井にぶつかって、前に進めなくなった。

――これは「自伝的小説」ですよね。

助川:実はほとんどノンフィクションで、いろんな実在の関係者が登場するんだよね。だからこそ「フィクション」と書かざるを得なかった。

愛知県の高校で、現代国語の先生が授業中に、「東京の大学に行く人はここで飲みなさい」と黒板に「新宿ゴールデン街」と書いたのを見て、俺は上京してゴールデン街に行くようになった。会社に就職できず、ゴールデン街で働いているうちに、大人たちから声をかけられて、永遠の下働きみたいな放送作家の世界に入っていったのも事実だし。

――ドリアンさんが色弱だったとは知りませんでした。

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ドリアン助川さん(撮影・斎藤大輔)

助川:赤と緑が薄くなってくると区別がつかなくなるの。全然、実生活で困ったことはないんだけど、普通の人よりちょっと色彩感覚が違うのかな。でも、自分以外の大勢の人が正常だということになっちゃってた。

小学校のころ、あじさいの貼り絵の課題で、金と銀の色紙を使って作ったら、僕だけ先生に褒められなかった。「こんな色のあじさいはないですね」と書き込まれた。子供のころに受けた傷って、覚えているもんだよね。

就職活動をしてみると、テレビも映画も広告も、ものをつくる系統の会社は全部、色覚異常は受験資格がないとして排除された。そこで透明な天井にぶつかって、それ以上前に進めなくなっちゃった。自分の意思を変えてメーカーや商社に入ればよかったのかもしれないけど、すごく不器用だったし、そういう人生が想像できなかった。

人の流れに対し、自分だけ別の場所にいるような疎外感がいつもあった。違う色彩の世界を見ているのだから仕方ないという思いもあった。花梨花で飲んでいるときは、渇きと痛みがまじり合ったようなそのひりひりした気分から解放された。(『新宿の猫』より)

助川:大学を出たばかりの若造が何を言ったって、社会は取り合ってくれない。そんな俺の居場所って新宿しかなかった。人づてにテレビ局のディレクターを紹介してもらって、ドラマの企画書や脚本を出しに行っても相手にしてもらえない。血だらけで新宿に戻ってくるしかなかったんだよね。

「高尚なことをやられちゃ困るんだよ」

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ドリアン助川さん(撮影・斎藤大輔)

――そんな中で、一千万人の大衆受けを狙い続けるカリスマ放送作家の「永沢さん」に入門するわけですが…

「身を粉にして、何千万人ものお茶の間のみなさんのために働くんだよ」
「一日働いてさ、疲れて帰ってきたお父さんがビールを飲みながら番組を見る。そこで高尚なことをやられちゃ困るんだよ。大学の頃はこんな芸術を目指していたとか、そういうの、いっさい邪魔なんだ」(『新宿の猫』より)

こう言って山ちゃんをどやし、殴り、小突きまくる人です。かなり無茶な感じもしますが、実在の人物ですか?

助川:すべての登場人物は決して一人ではなくて、何人かをまとめて人物像を作り上げてるんです。モデルの一人に、ある人気バラエティー番組の最もえらい人がいました。自分は一切何も書かずに、週1回の会議で俺たちに命じるだけ。気に入らないとものを投げてくる。その人が、この番組だけで1回200万円もらってた。ほかにもいろんな番組やっていたから、もっともらっていたかな。

俺を小突く大先輩も、実際にいたんですよ。ある日、西麻布のバーで、30発まで殴られたのは数えてたんだけど、ほかのお客さんが「いい加減にしろ」と助けてくれて、店を追い出された。そうしたら、その先輩も、自分がふがいないと思ったのか、なぜか泣き出しちゃったんだよね。

俺を30発も殴っておきながら泣き出した先輩がなぜか許せなくなって、その時初めて正面から1発殴った。その夜の記憶は、今も忘れられないね。

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『新宿の猫』にも登場する花梨の「ピーマンの丸焼き」(撮影・斎藤大輔)

余談だけど、30年前にイケイケで週給200万とか稼いでいた構成作家たち、一部の例外を除いて、みんな死んでこの世にいない。当時、ゼロから這い上がってきた人たちの中では突出していた人たちだったけど、毎日毎日、全力で飲み歩くような生活って、やっぱり不自然なんだ。今の時代「永沢さん」になりたい若者もいないだろうし。

短所だと思っていたことは、実は長所かもしれない

――そんな永沢さんのもとで葛藤、疲弊している山ちゃんに、夢ちゃんはこう問いかけます。

「大勢の人に受けようとして、心にもないことをやろうとしているんじゃないですか?」
「大勢の人って、本当にいるんですか。いるかどうかわからない大勢の人に向けて語ろうとして、結局、なにも語れていないんじゃないですか」

「誰か一人には、伝わる言葉」として、山ちゃんに詩を書くように勧めるわけです。それが結局、山ちゃんの人生を導く形になりますね。

助川:どんな人生であろうと、それぞれの人生で見出していくことがいちばん大事だと思ってるんですよ。何千万人に向けて書くことじゃなくて、たった何十人、あるいはたった1人に向けて書くことで、人生の充足感が生まれるかもしれない。

山ちゃんと夢ちゃん、お互いを結び付けているものは詩なんです。たった1人の相手に届けるための言葉、それをやりとりできる相手がこの世にいた幸福。恋愛としては成就しなかったかもしれないけど、けっこうハッピーエンドな話でしょ?

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ゴールデン街にて(撮影・斎藤大輔)

言いたかったのは「自分が短所だと思っていることは、ひっくり返してみれば長所かもよ」ってことなんだ。お互いにハンデを背負った者同士、社会に入っていけなかった者同士が、居場所を見つけ、自分の人生を見出す。そのとき、世間から欠点だと言われるようなことは、実はそうでもない。ひっくり返すと、自分の道を開いていく門は、まさにそこにあるんだというメッセージですね。

後編に続く)

 

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