「暗い時こそ暗い本を」 闘病のどん底で苦しんだ男が勧める「絶望読書」

『絶望読書』の著者・頭木弘樹さん

「絶望した時、孤独な時こそ、バッドエンドで終わる絶望的な内容の本を読もう」。そんな斬新なメッセージを提唱しているのが、『絶望読書』(河出文庫)などの著書がある「文学紹介者」の頭木(かしらぎ)弘樹さん。医師に「一生治らない」と言われた難病にかかり、10年以上の入院生活を強いられたというヘビーな「絶望経験」の持ち主です。

様々な理由で孤独に悩んでいる人たちへ送るDANROの連載企画「ひとりぼっちの君へ」。今回は絶望と孤独に苦しむ人たちが「読書」で救われる方法について、頭木さんにたずねてみました。

難病で13年間入院。カフカの「虫」に共感した

――頭木さんは大学3年生だった20歳の時に難病の「潰瘍性大腸炎」と診断され、13年間の入院生活を送っています。長い入院生活で、絶望や孤独を感じることも多かったのではないでしょうか。

頭木:そうですね。普通なら多くの人と出会って人生が開けていく20~30代に新しい出会いがまったくないわけですから、つらかった。入院した当初は同世代の友人たちがお見舞いに来てくれましたが、やがて皆、社会人になって忙しくなり、転勤で遠くに行ってしまう人も増えてくる。すると訪問者もだんだん減っていきます。

医師からは「一生入院暮らしになるかもしれない」と言われていたので、50歳くらいになったら誰も知人がいなくなるのではないかと、強い孤独と恐怖を感じました。

――「絶望した時ほど絶望的な内容の本を読んだほうがいい」という頭木さんのお考えは、どんな経験から出てきたのですか。

頭木:お見舞いに来てくれる人はよく、明るくポジティブな内容の本を差し入れてくれるんですよ。「信じていれば夢はかなう」とか、「潜在意識で強く思えば、実際にその通りのことが起こる」とか。でも、信じていてもどうにもならないことの方が多い病気の身にとっては、読んでいて息苦しくなってくるんです。テレビのバラエティ番組も「外の世界の楽しいこと」ばかり見せられるのはだんだんつらくなってきて……。

そんな私がたどり着いたのが、フランツ・カフカの小説『変身』でした。ある日突然、巨大な虫に変身してしまい、家からも出られず家族の「介護」を受けるしかない主人公は、入院している自分の姿そのもの。昔、「薄くてすぐ読み終わりそうだから」という理由で夏休みの課題図書で読んだときは何も感じなかったけれど、病室で読むと主人公の絶望に深く共感できて、心が救われました。

そんな経験から、絶望的な内容の本を読んだほうが、絶望した心には良いと気づいたんです。後で調べると、「アリストテレスの同質効果」というのがあって、ギリシャの哲学者アリストテレスは「その時の気分と同じ音楽を聴くことが心を癒やす」という説をとなえたそうです。まさに「絶望読書」と同じ考え方です。

絶望している人、孤独な人に私がとくにおすすめしたいのは世界の古典文学です。古典文学ってだいたいバッドエンドですから。

「カラマーゾフの兄弟」が病室で大流行した理由

――言われてみれば「罪と罰」とか「レ・ミゼラブル」とか、世界的な名作はダークで悲劇的な話が多いですね。なぜだと思いますか。

頭木:一つの理由としては、病気や貧乏、親しい人との別れなど、つらいことの方が人間にとって時代の流れを超えて普遍的だから、これまで生き残ってきたのではないでしょうか。

また、人は何かに挫折した時、自分の中で築きあげてきた「人生の脚本」が崩壊します。そんな時、同じように悲劇に見舞われた文学作品の登場人物に共感することで、自分の新しい「人生の脚本」を書き直すための創造の源にできる。ドキュメンタリーはたいてい成功者を描いていますから、そうした役割を果たせるのが文学だったのだと思います。

実際、私は入院当時、病室が同じだった男性にドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』を勧めたんですが、それまで読書嫌いだった彼が、見事にはまった。それがきっかけで病室中で『カラマーゾフの兄弟』が大流行して、みんなが読んでいるので、看護師さんがビックリしたことがありました(笑)。

――全5巻(光文社古典新訳文庫)で合わせて2500ページ以上もある『カラマーゾフの兄弟』の何が、そんなに皆さんの心をとらえたんでしょう。

頭木:ドストエフスキーといえば、くどくどとした文体でしょっちゅう話が脱線します。元気な人が読むと読みづらいかもしれませんが、闘病中の人たちというのもあれこれくどくどと考えてしまいがちなので、ちょうど波長が合ってくるのかもしれません。それに、登場人物全員が苦悩していて『苦悩の交響曲』という感じなので、感情移入しやすいのだと思います。

「これほどに愛している孤独を、僕は恐れている」

――今は宮古島に住んでいて、時折上京しているんですね。退院後の人生はどんなものだったのですか。

頭木:退院後もしばらくは病院を出たり入ったりで、社会に出てきたのは30代後半。社会人経験もないので就職は厳しく、どうしたらいいか分かりませんでした。外出できてもどこにも行くところもないし、外に出るのが怖い。頭の上に空があることすらびびってしまって……。

それでも、入院中から少しずつ続けていた参考書の執筆などの仕事をしながら、何とかやってきました。編集者さんに作品を見つけてもらって、「文学紹介者」としての仕事が軌道に乗ってきたのはつい最近のことです。

今は妻と2人で宮古島に移住し、書籍の執筆などをしながら暮らしています。宮古島では都会と違って、人々がお互いに苦労をかけ合うのが当たり前。みんな時間にはルーズだけれど、理由を聞くと「隣の家のおばあちゃんに頼まれて電球を替えていた」とか。

人に頼らざるを得ないことも多い病気の身としては、こちらのほうが暮らしやすいんです。昔の日本がそのまま残っているというか、その場で初めて会った人にも親切なので、不思議と孤独感を感じません。

――今は自ら独身の人生を選択する人も増えてきています。一方で、それと孤独の問題は切っても切れません。「絶望読書」は、孤独にも有効なのでしょうか。

頭木:宮古島では、夜は道が真っ暗になります。暗い道を歩いているとき、一人ではなく誰かがいてくれるだけで恐怖がはるかに薄らぐんですね。では人生を一緒に歩いてくれる人はいるだろうかと考えると、独身だと将来、孤独と戦わねばならなくなるでしょうね。

一方で、孤独は魅力的なものでもありますよね。カフカは孤独について「これほどに愛しているものを、ぼくは恐れている」という言葉を残しています。

たとえ家族がいても違う道を歩むこともありますし、人間は突き詰めれば一人ぼっちです。結局、最後まで一緒に歩いてくれるのは文学だけ。文学とは、孤独地獄に陥らずに人生を生きていくための「命綱」。本当に困難な状況に陥ってから探すよりも、元気なうちから自分が深く共感できる作品を探しておくことをお勧めします。

 

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