42歳独身の漫画家が語る「すべりこみ親孝行」 一番ハードルが高いのは?

漫画家・中川学さん(撮影・萩原美寛)

42歳、独身の漫画家・中川学さん。映画を観るときは必ずひとり。おしゃれなパンケーキ屋やカフェを、ひとりでめぐることにも慣れたといいます。作品も、『僕にはまだ友だちがいない』(メディアファクトリー)、『探さないでください』(平凡社)など、ひとりで行動した顛末(てんまつ)を描くコミックエッセイを発表してきました。

そんな中川さんが今年2月に発売した最新作が『すべりこみ母親孝行』(平凡社)です。中川さんはなぜ「親孝行」に目ざめたのでしょうか。30代、40代になったら、親とどう向き合うべきなのでしょうか。父親や母親との思い出などにも触れてもらいつつ、親孝行のコツを語ってもらいました。

親孝行は、お金のかからないことから始めるべき理由

ーーいま、なぜ「親孝行」なのですか?

中川:父が2012年に他界しまして。父は酒が好きだったんですね。だけど本当に悪い酔い方をするから、僕や弟と酌み交わすことがないまま死んでしまって。酌み交わしておけばよかったなと。父親には親孝行的なことができなかったので、母が元気なうちに、後悔しないよう、親孝行できたらいいなっていうのがあったんです。

ーーその様子をマンガに描いたというわけですね。

中川:父にとっての「酒」にあたるものは、母にとって何なのかなと考えたとき、母は僕らにご飯を作ってくれていたし、職場で料理を教える機会が多かった。「料理」というのがひとつあるなと思いまして。僕は独身で、弟は結婚していますけど、2人とも東京にいるので、母が積み上げてきたレシピとか、そういうのがここで途絶えてしまうのがもったいないなと思って。漫画の担当編集者に「母から料理を習う」っていうのを提案したんです。そしたら「親孝行全般でやったらどうか」ってことで。

ーー実際に「母親孝行」してみて、どうでしたか?

中川:本にも描いたんですけど、母の反応が薄くて。「これまでにやった親孝行で、印象に残ってることは?」って聞くと、子供のころにあげたカーネーションの話をしたりして。最近がんばった親孝行の話は、まったく出てこないんです。まあ、まだ始めたばっかりなので、これから続けていけば、ちょっとは印象に残るようになるかなって思いますけど。

漫画家・中川学さん(撮影・萩原美寛)

ーー30代、40代で親孝行をする場合、なにから始めるといいのでしょうか。

中川:まずは、帰省することですよね。年に1回だった人は2回にする。何年も帰ってない人は、とりあえず帰って顔を出す。

ーーでも子供としては、会社で出世していなかったり結婚していなかったりすると、「帰省してもいいことないんじゃないか」と考えてしまいそうな気がします。

中川:たとえまだ成功していなかったとしても、親は嬉しいんじゃないですか。顔を出すだけで、喜んでもらえる気がするんですけどね。

ーー親孝行をする際の注意点はありますか?

中川:親って、親孝行を始めてからも長生きする可能性があるじゃないですか。だから、お金の問題があるんですよ。「あれ? これ、けっこう長生きするぞ」ってときは、年に何回も旅行に連れて行くこともできないので、あまりお金がかからないことから始めるのがいいと思います。

ーー「照れ」がある場合は、どうすればいいのでしょう。

中川:人の言葉になっちゃうんですけど、みうらじゅんさんが『親孝行プレイ』(角川書店)って本を書かれていて。親孝行を「プレイ」という気持ちでやってみると、すんなり入れるという気はするんです。肩を揉んであげるとか、さすがにそれは恥ずかしいじゃないですか。でも、そういうときに自分を俯瞰で見て「俺、いま親孝行をやってる」みたいな視点があると、クリアできるというのはあるかなと。

ーー中川さんがやった親孝行のなかで、ハードルが高かったものはなんですか?

中川:やっぱ婚活はしんどいですよね。孫の顔を見せようとするのは、一番ハードルが高い親孝行ですよね。結婚があって、その先に孫なんで。

漫画家・中川学さんの著書(撮影・萩原美寛)

ーー中川さんにとって、母親はどういう存在でしょうか。

中川:僕は独身だし、お付き合いしている人もいないし、友達も少ない。だから、母は、とりあえずこの世でもっとも僕のことを気にかけてくれている人であることは確かです。母が死んだら、自分のことをこんなに気にかけてくれる人はいないんじゃないかな。

ーーお母さんとの素敵な思い出はありますか?

中川:これも本に書いたんですけど、漫画家になることを後押ししてくれたことですね。漫画家になると宣言したときは「いやいや、なれるわけがない」とか、描いたマンガを見せても「面白くない」とか、やめさせようって方向性だったんですけど、最終的には後押ししてくれて。「東京に行ってがんばんな」って言ってくれたのが嬉しかったですね。

最悪な思い出は、僕が小学生くらいのとき、家族と親戚で湖かどこかに遊びに行ったんですね。ボートに乗ろうってことになって、母と僕が一緒に乗ったんです。そしたらボートが揺れて、母が落ちそうになった。「あ、落ちる」ってなったとき、スローになって見えて。母はしっかり者で、僕は母を信頼していたので、「僕を道連れにすることなく、自分だけが落ちるんだろうな」って思ってたら、僕の手をつかんで離さない。で、僕もろとも落ちたんです。そのときなんか揺らいだんですよ、信頼が。「しっかり者で優しかったお母さんが、いざとなったらこうなるんだ」って。

「全員が孤独だったら、一番気楽」

ーーところで、中川さんは「ひとり」のとき、何をしていますか?

中川:日常生活がひとりなんで、すべてひとりでやっていることなんですけど、「radiko」でラジオを聴きながら自転車に乗るっていうのが楽しくて。TBSラジオで、爆笑問題さんとかバナナマンさんの番組を聞いたり。最近、講談の神田松之丞さんがやられてるんですが、めちゃくちゃ毒舌なんですよ。それが面白くて。

漫画家・中川学さん(撮影・萩原美寛)

ーーふと寂しくなるときはないのでしょうか。

中川:いわゆる「イベントの日」ってあるじゃないですか。バレンタインとかクリスマスとか。そういうときは、ちょっと感じることはありますね。道を歩いていてもそういう感じですし、聞かないようにしていても、メディアとかSNSから入ってきたりするんで。

ただ、内側からくる孤独はあまりないですね。相対的に観たときの孤独なんです。周りはみんな誰かと一緒なのに、自分はひとりっていうことからくるものだけで。だから、全員孤独だったら楽ですよね。一番気楽。全員が貧乏だったときは、全員が楽しかったのと同じで。「みんな貧しかった。でも、楽しかった」みたいな。

ーー他者の目が気になることはありますか?

中川:すごく気になりますね。以前テレビに出たことがあって。出たあとに、どんな評価されてるのかなって気になって、エゴサーチですよね。クソミソでした。腹が立ちますし、落ち込みますよね。

でも、エゴサーチの評価がうちの母と同じだったりするんですよ。母が僕に言う、「汚らしい」とか「ヒゲを剃れ」とか、まんま同じことが書いてあって。意外と「世間の評価=母の評価」だから、(母の忠告を)聞いたほうがいいのかなという気はしています。

漫画家・中川学さん(撮影・萩原美寛)

ーーご自身の性格を、どう見ていますか?

中川:うちの父には破滅型の性格みたいなところがあって。それを受け継いでいるのかもしれないですね。先が見えるとテンションが下がるっていうか。仕事でも、会社に入ったら「定年までこのままかぁ」とか、「結婚したら子供のために尽くさなきゃならないのか」とか。そうなるのが嫌なのかもしれません。

毎日同じ場所に通うとか、毎日同じ人に会うことが、すごく苦手なんです。1週間に1回くらいだったらいいんですけど、毎日同じ人と顔を合わせるのが、つらいっていうか。だから、結婚したら毎日顔を合わせるのかと思ったら、好きな人でもちょっとしんどいのかなあって考えてしまいますよね。

ーーそう考えると、ひとりでもかまわない。

中川:昔からひとり行動が多くて、友達がいないことがしんどかったんですけど、歳をとるにつれてだんだん強くなって、ひとりでいることが楽しくて。この本を描いたときも1ヶ月くらい誰とも話さない期間があったんです。ほんと、コンビニと家の往復で。誰とも会わないってことがあったんですけど、全然苦じゃない。

ただ、そういうときって、ある言葉とか音楽が繰り返し流れるようになるんですよ。人と話をしないと。「ピューリタン革命」って言葉があるじゃないですか。別に本で読んだりしたことないんですけど、そのときは「ピューリタン革命 送信」っていう言葉がずっと脳のなかに。なんか、やばかったんですかね(笑)

 

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