沖縄の「見えない歴史」が外に向かって開かれるとき~沖縄・東京二拠点日記(第14回)

沖縄の「見えない歴史」が外に向かって開かれるとき~沖縄・東京二拠点日記(第14回)
那覇の風景

10年ほど前から続けている沖縄と東京の二拠点生活。毎月一人で那覇に行って、一週間ぐらい過ごして、また一人で沖縄を離れる。沖縄のあらゆることを楽しみながら、沖縄で取材して原稿を書き、目の前で起きるいろいろな問題に直面して悩む。そんな日々の生活を日記風に書きつづる連載コラム。第14回は、地元の知識人とのトークイベントやお気に入りの飲み屋街での「はしご酒」について記す。

戦後の沖縄で「底辺」と呼ばれた仕事

【11月17日】名古屋にある大学の非常勤講師の仕事を終えて、夜、中部国際空港セントレアから那覇へ。空港から松山にある小料理屋「酒月」へ直行。ぼくが沖縄にいない間、自宅の部屋に風を入れに来てもらっている、同い年の友人じゅんちゃんと待ち合わせ。

鹿児島出身の羽根田隆博さんがつくる季節の素材を使った和食には、毎回うならされる。ぼくはここの鯖の棒寿司が好物で、必ずいただく。細く巻かれた背の部分と腹の部分を、一口大に三切れずつ。純米酒に合わせる。いつも那覇の初日は絶品の和食から始まるのだ。

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「酒月」の鯖の棒寿司

【11月18日】奄美群島の地方紙・南海日日新聞の佐久本薫さんの取材を那覇ジュンク堂の1階カフェで受ける。拙著『沖縄アンダーグラウンド 売春街を生きた者たち』は、奄美のもう1つの歴史でもある。

戦後の沖縄で「底辺」といわれた米軍基地建設や売春の仕事に就いていたのは、離島や奄美の人々が多かった。奄美を露骨に差別する出来事や制度もあった。奄美出身者の公職追放はその最たるものだ。

午後3時から『沖縄アンダーグラウンド』発刊記念トークイベントで、映像批評家の仲里効さんとトーク。それまで取材がタブーだった街にぼくが分け入ることができたのは、浄化作戦に晒されていたことで、街の人々が「人が生きた街を記録してほしい」という気持ちに反転したからだ。

仲里さんは、1966年に撮影されたものの封印されたままだった映画『イザイホウ 神の島・久高島の祭祀』が公開されることになった流れと似ているのではないか、と指摘した。沖縄最高の聖地といわれる久高島の祭祀「イザイホー」はずっと公開されなかったが、後継者不足から1978年を最後に消滅した。そのドキュメンタリーだ。

トークイベントは、沖縄の言論界の重鎮・仲里さんにぼくがあれこれ質問するかたちで進み、その後、近くのバーで一緒にビールを飲んだ。

仲里さんが「沖縄タイムス」(2018年10月13日)で書いてくれた書評から最後の部分を引用させてもらいたい。

「本書の彫りの1つは、沖縄と娼婦を描いたドキュメンタリー映画やノンフィクションにまで取材の裾野を広げていったことである。なかでも強く印象に残るのは、映画『モトシンカカランヌー』に登場する『アケミ』という名の娼婦を探していくところである。かなえられることはなかったが、『アケミ』とは女たちの性と生の匿名性であり、ダークサイトを流転する無名性の謂いでもあった。

消そうとする『浄化』の論理と消えない痛みがせめぎ合いこだまする場、『アンダーグラウンド』とはまたディストピアでもあった。沖縄の戦後史の影を歩き、堕ちて生きた、女たちの身体が語る声を聴き取る、そんな希有な一書である。哀しみと傷で書かれた沖縄版『闇の奥』と言えよう」

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那覇ジュンク堂にて、映像批評家の仲里効さんとトーク

『闇の奥』か。イギリスの小説家、ジョゼフ・コンラッドの代表作だ。西洋の植民地主義の暗黒面を描いた。1979年にフランシス・フォード・コッポラによって、舞台設定をベトナム戦争に変えて『地獄の黙示録』として映画化されている。

ぼくは久しぶりにこの名作を観るために『地獄の黙示録』のDVDを買い求めた。コンラッドの『闇の奥』は未読だったので、こちらも入手した。本物の教養人が書く書評には、さらっと奥深いメッセージがこめられている。

もうひとつ、作家の仲村清司さんが琉球新報(2018年10月7日)の書評で書いてくれた文章からも引用させていただきたい。

「著者は東京と沖縄を行き来する生活を続けている。その土地の持つ価値や歴史は往々にして外部の人によって発見されるものなのだが、闇の歴史の真相も外からの視点がなければ、あぶり出せないのかもしれない。

沖縄のもうひとつの戦後史が消える寸前で拾い上げられ、再構成された意義はあまりにも大きい。沖縄にとって第一級の記録文学というべき作品である」

書評の最後に仲村さんはあえて「記録文学」という言葉を使っているが、これは作家・吉村昭の思想を埋め込んでいる。言わずもがな吉村昭は記録文学の第一人者だが、「史実にこそ、人間のドラマがある」という氏の有名な言葉がある。

仲村さんは拙著を読み進めるうちに小説を読んでいるように感じ、記録を忠実に積み上げていくとドラマになるという吉村昭の言葉を代弁したのだ。

酒の飲み方はもっと自由になっていい

【11月19日】教育学者の上間陽子さんに会うため、琉球大学に行く。彼女には『裸足で逃げる』という著書がある。

タクシーで向かって電話をいれたら、約束を忘れていて自宅におられるとのこと。「忘れてました。すみません」「やっちまったー」のメールが立て続けにきて、上間さんのさっぱりした性格に思わずタクシーの中で笑ってしまい、逆に心がほっこりした。

週刊誌『AERA』の「現代の肖像」で社会学者の岸政彦さんについて書くことになり、岸さんと親しい上間さんにお話を伺いにいった次第。岸さんの『はじめての沖縄』は、ぼくなどが沖縄で気にしていながらもうまく言葉にできなかったことを20年以上考え続けた言葉で綴った本で、沖縄に関心を持つ人(特に沖縄県外在住の人)にとって必読書だと思う。

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「アルコリスタ」の名物・ボロネーゼ

上間さん宅を小1時間でおいとまして、ちょっと肌寒い宜野湾の住宅地を歩いた。気がつくと30分以上歩いていた。1つでもいいことが聞き取れたという手応えがあった取材のあと、ひとりで見知らぬ街や道を方向も定めぬまま歩くのがすごく好きだ。歩いていたら正面からちょうどタクシーがやってきたので、乗り込んだ。

夜、那覇市の栄町に行き、友だち数人と合流して「アルコリスタ」でワインを少し飲んだ。さらに、オープンしたての「タンドール バル カルダモン」でネパール料理を食べる。

その隣の鰻串焼きの店(ここもオープンしたばかり)の前を通ったら、たまたま居酒屋「アラコヤ」グループの総帥・松川英樹さんたちが飲んでいたので、顔を出す。最後は台湾料理屋へ流れた。

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「タンドール バル カルダモン」のネパール料理

1人あたり1000円か2000円ぐらいの予算で、ちょいちょい飲み食いしながら、狭い街を回遊するのが好きだ。途中で誰かが勝手に帰っても気にしない。好きなように飲む。疲れたら離脱する。そういう「ひとり」の振る舞い方があっていい。

付き合い(とくに上下関係)でだらだらとはしご酒に付き合う習慣なんか、くだらないと思う。日本の酒の飲み方は、もっともっと自由になっていい。

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