自分のために働いて何が悪いんだ。自分の人生じゃないか~青春発墓場行き(第9回)

自分のために働いて何が悪いんだ。自分の人生じゃないか~青春発墓場行き(第9回)
(イラスト・戸梶 文)

夢なんか見てないで、社会の歯車になる。そう決意した僕は、新卒で化学メーカーに就職した。その顚末は第6回コラムに書いたとおりだ。

3ヶ月に及ぶ工場研修のあと、東京に配属が決まった。部署は営業部。自慢ではないが、まったく向いてないと自分でも自覚している仕事内容だった。

上司について、得意先に営業に回る。法人営業なので、主に大企業の本社の資材部などに行くのだが、自分に自信がないため、まったく話せないし、自社商品をうまく売り込むこともできない。典型的なダメ新人だった。

しかしプライドだけは高く、歯車になることを決意したのもつかの間、僕はこんなところにいるべき人間ではない、もっと自分の能力を生かせる、ほかに活躍できるところがあるはずだ、なんて思いながら、日々が流れるのをぼんやりと眺めていた。

同僚や上司たちも、そんな態度はお見通しで、僕への風当たりは強かった。

僕は僕で、毎日、残業後に、飲めない酒を飲まされることに辟易としていた。そこで行われる会話と言えば、社内政治のことばかり。休日は、当然のようにゴルフの誘いを受けたが、頑なに断り続けた。

寮生活ゆえ、同僚に玄関のドアを叩かれて呼びかけられることも。「いるのはわかってるぞ」という声を聞きながら居留守を使う。そんな生活にほとほと嫌気がさしていた。

そんなある日、僕のなかで決定的なことが起こったのだった。

「お前、俺たちと話したくないんだな」

当時、発売されたばかりのiPod(第2世代)を僕は購入し、好きな音楽を入れて、会社に持っていっていた。

まだ、アップルの製品がそれほど市民権を得ていない時代だ。僕は上司から、「それ何?」と聞かれた。僕は、どうせ説明してもわからないだろうと、めんどくさい、と思って、「ウォークマンみたいなもんですよ」と答えた。すると、上司に「お前、本当に俺たちと話したくないんだな」と言われたのである。

僕は、ドキッとした。自分が無意識に、こんなにまであからさまに人に嫌悪感を示してしまっていることに対して。自己嫌悪に陥った僕は、それから、ますます誰とも話さなくなった。

直属の上司とは怒鳴り合いのケンカもした。もちろん、営業成績はまったく振るわなかった(やめるまでの僕の売上はゼロだ)。そのうち通勤電車では、めまいで倒れることが多くなり、いよいよ体の限界が近づいてきた。

1年と3ヶ月経った頃のことである。僕は思い切って、「ライターになりたいから辞める」と部長に申し出た。

すると、「お前の考えは甘い。働くということはそういうことじゃない。自分のためじゃなくて、奥さんや子どものために、みんな働いてるんだよ」。端的に言うと、そういうことを言われた。

僕は納得がいかなかった。こんな生活を死ぬまでやるなら、死んだほうがマシだ、というか、すでに死んでいるのも同然じゃないか。自分のために働いて何が悪いんだ。自分の人生じゃないか。そのときはそう思っていた。

そして、僕はほどなくして会社を辞めた。次の職も、展望も、コネも、友達も、何もなかった。僕は東京でひとりだった。

 

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