「リスキーに生きると助けてもらえる」 58歳「プロ童貞」が語る「ひとりの生き方」

「プロ童貞」の山口明さん

マンガの単行本の装丁などを手がけてきた元デザイナーの山口明さん(58歳)は、自らを「プロ童貞」と名乗っています。これまで、女性と深い関係になった経験がないのです。女性に興味がないわけでなく、友人・知人には女性も多くいます。しかし山口さんは、あえて「童貞」を貫いてきました。

「誰かひとりと深い関係になると、他の人が離れていく。だから『ひとりのものにはならない』って思ってたのかもしれないですね。上から目線で『俺は誰のものでもない』って」

そんな山口さんの生きざまは『ワイルドチェリーライフ 山口明』(出版ワークス/著・市川力夫)としてまとめられ、昨年11月に出版されました。「俺は最先端の生き方をプロデュースしてきた」という山口さん。自身のライフスタイルが、若い人にも浸透し始めていると考えています。

スマホも携帯電話も持たない生活

「若い人も焦ってないじゃないですか。みんな『恋愛に興味がない』とか言うし。俺に近づいているんじゃないですか。あと何十年かしたら、俺みたいな人だらけになるんじゃないの。みんな気がついたんでしょうね。別に焦って付き合わなくてもいいってことに」

山口さんはこれまで「彼女」を作らず、仕事面でも、35歳のときからフリーランスのデザイナーとして活動してきました。ずっと「ひとり」で生きてきた背景には、「全体主義は怖い」と感じた、子供のころのある体験があるのではないかといいます。

「小学生のときクラスでもめごとがあって、授業を潰して討論会みたいになったんです。先生も最後まで口出ししない感じで。そこで『俺VSクラスのほとんど』という構図になったとき、『どっちが悪いか、多数決で決めよう』って話になって。そんなの俺が負けるに決まってるじゃないですか。『そりゃないぜ』って。そのとき、もう多数派にはいかないって決めたんですよ」

そう語る山口さんには、さまざまな「こだわり」があります。取材した日は、サングラスに革のジャケット、チェーンのついた財布、革のブーツ姿で現れました。カバンは持たない主義で、イベント出演のため大阪に1泊したときも、同様の服装だったといいます。スマホどころか携帯電話を持たず、パソコンに触れたこともありません。自宅にある最新の機器は、数年前に購入したポータブルDVDプレイヤーです。

大阪でのイベント出演のための外泊では「一睡もできなかった」という

「いま『無職』がきている。肩書きなしで勝負できなければダメ」

『バンビーノ!』(小学館/せきやてつじ)や『極道めし』(双葉社/土山しげる)など、有名マンガの単行本の装丁を手がけてきた山口さんですが、現在は、ほぼ「無職」といっていい状態です。3年ほど前、親の介護に専念するため、デザイナーをやめたのです。以来、雑誌などに寄稿するほか、おもだった仕事はありません。

「最近よく言ってるのは『いま無職がきていますよ』と。元貴乃花親方と(ボクシングの)山根明元会長と、俺じゃないですかね。いま注目浴びつつある無職は。肩書きがないって、それで勝負していくって、なかなか面白いですよ。むしろ肩書きなしで勝負できるようじゃないとダメっていうか」

「将来のことを考えると不安になることもある」と話す山口さんですが、楽しい毎日を過ごしていることが伝わってきます。「童貞」という言葉から受ける、どこか暗いイメージとはかけ離れた、突き抜けたポジティブさがあるのです。

「才能があって、それで生きていくって方法があるじゃないですか。でも、才能も力もなくても、生きていける方法があるんですよ。無職でも人に応援してもらえるような生き方が。それは『リスキーな生き方』をすることです。元貴乃花親方を『助けてあげようかな』って気持ちになるのは、すべてを捨ててリスキーに生きているからですよ。するとね、やっぱり誰かが手を差し伸べてくれるんです。(取材で)はあちゅう(伊藤春香)さんと会ったとき、『母性本能をくすぐられますよ』って言われました。たぶん童貞っていうのは、みんなが助けてくれるんですよ」

逆に山口さんにとって、リスキーな生き方をしない人には魅力がないようです。

「バンドマンが『いまバンドじゃ食えない』って、何かバイトしながらバンドやっている。でも、売れないじゃないですか。(内田)裕也さんが『バンドをやるなら絶対に他の仕事をすんな』って言うらしいんですよ。『それで女にも食わせてもらえないようだったら、そこまでの才能だぞ』って。これは名言だと思っていて。誰にも助けてもらえないようなのは、魅力がないんですよ」

「チェリーガン」ポーズをとる山口さん

「デザイナーを引退したのは、ヒムロックが引退したってのもある」

自分で自分をプロデュースしてきたと語る山口さん。会社を辞めて独立したのを機に、毎日サングラスをかけるようになったそうです。それによって、出入りしていた出版社でも、存在を覚えてもらえるようになったといいます。また、そんな風に「多数派」とは違う山口さんを、気に入ってくれる人たちも多かったようです。

「みんなに『オヤジ転がし』って言われたんだけど、20年くらい前の出版社のおっさんって、俺みたいな見た目の人間とでも付き合えるっていう余裕を周りに見せたいという勝手な考えがあって。アプローチしてくるんですよ。声をかけてくれたり『メシ連れてってやる』って言ってくれたり。俺みたいなのを連れてると、『このオヤジ、心広いんじゃないの』って思われるみたいで」

山口さんが「大恩人」として名を挙げるのは、雑誌『週刊ヤングサンデー』の元編集長・熊田正史さん。よく「付き合う相手を考えろ」と言われたそうです。

「『自分より上のヤツと付き合わないと、自分が成長しないから』ってよく言われたよ。一番よくないのが、同じような世代とばかり付き合うの。あれは成長しないですよ。逆に自分が歳をとったら、今度は若い人と付き合う。そうしないと成長しないんで。フリーになって一番キツいのが、歳をとってくると、そういうことがなくなっていくこと。若い人なんて、だんだん付き合ってくれなくなるから。若い人にめんどくさがられないっていうのが大事で。貫禄がでると、仕事なんてこなくなるよ」

実際に山口さんは、スマホやパソコンと無縁の生活を送っているとは思えないほど、世間の話題に通じています。それらは若い友人たちと長電話するなかで得たものだといいます。

いま山口さんが注目しているのは、ロックボーカリストの「DEATHRO(デスロ)」です。「人に教えると、みんな虜(とりこ)になるんだよ」と笑います。また、DEATHROさんに影響を与えたとみられる氷室京介さんのCDを聴きなおしているとのことです。

「最近、ヒムロック(氷室京介)ブームですよ。デスロつながりで。ファーストアルバムを初めて買って。『独りファシズム』って曲が入ってて、すげーなと思って。『センスすげーな、ヒムロック』って。DVDはその前から買っていて。ヒムロックのDVDって3枚組くらいで、必ず1枚はヒムロックのプライベート映像みたいなのが入っているんですよ。それがどうしてもみたくて。ロスでどんな暮らししてるんだろうって。俺も全身クロムハーツだった時代があって、ヒムロックも全身クロムハーツで他人とは思えない。歳も同じだしね。俺が(デザイナーを)引退したのは、ヒムロックが引退したってのもあるんだよね。やっぱり引き際が綺麗っていうのはかっこいいですよ」

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