「自殺もできないから悔いのないように生きる」 首の骨を折った「寝たきりイラストレーター」の21年

平くんの部屋で、ダラダラとYouTubeを見て過ごした。グラフィティ・アーティストSUIKOの動画、ラップグループMOROHAのミュージックビデオ、チュートリアルの漫才とロバートのコント…。外はマイナス8度だけど、窓は二重でストーブは24時間つけっぱなし。北海道の家は暖かい。

「わー、いい曲だね」
「でしょ」

好きなものに囲まれた、ゆるーい時間。平くんに会うと学生気分に戻る。同じ学校に通ったことはないが、初めて会ったとき平くんはたぶん18歳でわたしは20歳だった。

「平くんて、いつからこういうのが好きだったの?」
「小学生の頃かなぁ。ませたガキだった」

スケートボード、インラインスケート、スリーオンスリー、冬になったらスノーボード。それからヒップホップとグラフィティ。少年時代の平くんは遊びまくっていたらしい。基本的な趣味は今も変わらない。話の途中で、平くんがこちらを見上げて言った。

「タバコくださーい」
「あ、はいはい」

ハイライトに火をつけて、それをベッドで仰向けに寝ている平くんの唇に挟み込む。目を細めて深く吸い込み、ふーっ。白い煙が天井へのぼっていく。

平くんは自分でタバコを持つことができない。火をつけることも。灰を落とすことも。首から下が一切動かない。寝たきりになって、21年が経つ。

人生の半分をベッドの上で

ベッド上でパソコン作業中。実家の犬・ユキちゃんがベッドに乗ってきた

1997~98年の雪山シーズン。平くんは福島県会津のペンションに居候しながらスノーボードに明け暮れていた。3月のある日、いつものようにゲレンデで滑っている時に事故は起きた。

「夕方こけて、3時間かけて運ばれた…。らしいんだけど、ほとんど覚えてないんだよ。痛みも感じなかったし」

頚椎(けいつい)損傷。首から下の感覚がまったくなかった。頭をあと1ミリでも動かしたら死ぬと言われ、頭蓋骨をボルトで固定する処置が取られた。事故の報せを受けたとき、わたしは「命が助かってよかった。あとはよくなるだけだ」と安易に思った記憶がある。

平くんは絶対安静の数カ月を過ごしたあと、ベッドのまま飛行機に乗せられ、故郷の北海道・帯広に帰ってきた。以来、体は横たわったまま。あの春、21歳だった平くんは、今年43歳になる。そっか、もう人生の半分以上か。

首から下の一切の自由が奪われて、好きだったバスケやスノボはもちろん、お箸を持つことも、犬を撫でることも、鼻くそをほじることもできなくなった。わたしが楽しんだり悩んだりして20代を過ごしている時、平くんの毎日はヘルパーさんに体の向きを変えてもらって、おしっこ袋を取り替えてもらって、顔を拭いてもらって、ごはんを口元に運んでもらうルーティーンに染まっていた。毎日毎日、永遠に毎日。

「ぼくは自殺することもできない」

ということばを10年間、反芻(はんすう)し続けたという。毒を飲むにも、首をくくるにも、誰かの助けを借りなければできない。そんな絶望ってあるだろうか。

絵を描くことで見つけた活路

筆ペンを口にくわえて描いたボストンテリア。「最後の絵」になるはずだった

事故から5年目の、お母さんの誕生日。当時お母さんが飼っていたボストンテリアの絵を描いてプレゼントした。

「口に筆ペンをくわえて描いた。これが人生で描く最後の絵だろうって思って描いたよ」

子どもの頃は、製本職人だった祖父がくれる紙にガンダムを描いて、じいちゃんに褒めてもらった。高校時代はコンクリートの壁にスプレーで落書きをした。かっこよく描くコツは、文字を立体的に描くこと。そして何より大事なのは、素早く描いて大人に見つからないうちに逃げること。

平くんは、ワクワクしながら絵を描いた昔日を思い、あんな時間は二度とこないという現実を噛み締めながら、ペンをくわえてボストンテリアを描いた。口で描くのは、手で描けない現実を認めるみたいでどうしても馴染めなかった。だからこれが最後。

「と、そん時は思ったんだけどね」

ニヤリと笑う。

2008年、平くんの枕元にパソコンが導入された。ひたいに反射板シールを貼って、頭を動かすとカーソルが動く仕組み。口にくわえた器具を噛むとクリックができる。もちろんセッティングには毎回ヘルパーさんの協力が必要だけど、平くんはパソコンを自在に操れるようになったのだ。

ほんの出来心で、イラストを描くフリーソフトをダウンロードした。口に含んだ器具を噛んでクリックしながら、一本一本、線を引いてみる。

「最初に描いたの、なに?」
「ドクロの絵」

わはは、平くんらしい。障害者が口で描くからって、ほのぼのした絵だと思うなよ。

初めてパソコンで描いたドクロの絵。おどろおどろしい

「その日から、楽しくてやめられなくなった」

毎日、絵に没頭した。5年ほど経つと作品をプリントしたTシャツが売れるようになった。企業から、オリジナルグッズやホームページに使用するイラストを依頼される機会も出てきた。平くんは「プロのイラストレーター」になったのだ。

「まだまだ絵で食べていけてるわけじゃないけど…。何よりもうれしいのは、ほかのことは何も自力ではできないけど、絵は唯一、最初から最後まで自分の描きたいように描けること。絵を描いている時だけ、おれ自由なんだなぁって思える」

立体的な文字と、雲みたいな煙みたいな曲線を描くのが得意だという。ふふふ、壁にグラフィティを描いていた頃の名残りだ。いまはもう描いたあとにすぐ逃げる必要はないけど、やっぱり得意な線は描くのも速い。

平明広作品「HOPE-STEP-JUMP02」
平明広作品「とても普通なハシビロコウ」

自由に絵を描くための「ひとり暮らし」

話し込んでいると、ヘルパーさんが訪ねてきた。

「こんばんはー」

平くんがすごいのは、ひとり暮らしをしていることだ。かつては病院で暮らしていたが、それでは絵を描く時間が制限されるため、あらゆる手を尽くしてひとり暮らしにこぎつけた。二階建ての民家の一室に介護ベッドを備え付け、1日7回ヘルパーさんの訪問看護を受けている。

ヘルパーさんは二人組だ。彼らが来るとわたしは席を外し、作業が終わるまで隣りの部屋で待つ。だから実際にどんなことが行われているかわからないのだが、水分補給、排泄、姿勢の変更など生命維持に必要なことがテキパキと施されているのだろう。そのほか、パソコンの位置を動かしてもらう、郵便物を開けてもらう、タバコに火をつけて吸わせてもらう、などあらゆることをヘルパーさんが来てくれたタイミングで頼まなければいけない。

「ひとりで酒が飲みたい時もヘルパーさんに頼むの」

冷蔵庫の缶チューハイを開けて、ストローをさして口元に持ってきてもらう。それを三分の一ほどぐびぐびっと飲むと、そこにウイスキーを注ぎ入れてもらうのだという。

「ウイスキーのチューハイ割!」
「そうそう。それを5分で飲み干すの」
「わー、酔いそう」
「おれ、酒強いからそうでもない。ヘルパーさんは30分しかいられないし、その間にやることがいろいろあるし、だからなるべく手間をかけないようにさっさと飲むことにしてる」

そういうひとり飲みの形があることを初めて知った。平くんが近くに住んでいたら、ときどき缶チューハイをぶら下げて飲みにいくんだけどなぁ。

「母ちゃんは、おれをこんな体にしたスノボを憎んでいるんだけど」

と平くんはストローでちゅうちゅうと日本酒を飲みながら言った。ヘルパーさんたちは帰り、わたしたちは冷蔵庫から吟醸酒を出して酒盛りを始めた。

YouTubeではスノーボーダーが雪山を滑走する映像が流れている。

「おれはスノボが大好きなんだよね、今でも」

平くんはずっと、イラストレーターとしてスノボの世界に復帰することを願ってきた。このたび、海外のボードメーカーからイラストの発注が来そうだという。夢がいよいよ近づいてきた、という話にテンションも酒のピッチも上がる。

「すごいね。もう死ぬことを考えてる暇ないね」
「うん。最近は、どうせ自殺もできないんだから悔いのないように時間を使おうって思ってる」

平くんはストローから口を離して、ボソボソと小さな声で大事なことを言った。

長い間、やりたいことがなんでもできる人が羨ましくて仕方なかった。そのうち絵を描いたりブログを書くようになると、見知らぬ人から「お前は障害者なのに生意気だ」みたいなメールが来て、「あれ?他人から見ればおれが羨ましいのかな?」と思うこともあった。でも、どっちにしたって死ぬまでの人生だからさ。他人を羨ましがってる暇なんてない。目の前のことを本気でやるだけだよね…。

「お酒、おかわりください。おれ、酒も本気で飲むからね」

平くんはそう言ってベッドの上で笑った。わたしはストローのささったマグカップに吟醸酒を継ぎ足す。日が暮れて外気温はますます下がったが、部屋の中はぬくぬくしている。

平明広作品「SeC Skateboarding Terrier」

 

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