エレカシ宮本の白いシャツと四月の風「誰かがどこかで待っている」

エレカシ宮本の白いシャツと四月の風「誰かがどこかで待っている」

かつてコム・デ・ギャルソンのデザイナー、川久保玲さんがファッション業界専門紙「WWD」のインタビューで、自分が発明したかったファッションアイテムを問われて「プレーンな白いシャツ」と答えたことがある。

アヴァンギャルドなスタイルを次々と打ち出してきた川久保さんが、誰もが袖を通したことがある白いシャツを発明したかったというのは意外だったが、考えてみると合点がいった。普遍的なものにこそ、強さが宿るということだ。服を作る側にとっても、着る側にとっても、白いシャツほどごまかしがきかないものはない。

シンプルであるがゆえに、良い仕立ての白いシャツはその人の本質を浮き彫りにする。

白シャツがよく似合うエレカシ宮本

さて。2018年はこれまで以上にインタビューをしたい人に会えた1年だった。大ファンだったミュージシャン、漫画家、作家、市井の人たちの至言――。そんな年の始まり、2018年1月に話を聞いたのは、白いシャツがとてもよく似合う人だった。エレファントカシマシの宮本浩次さんである。宮本さんはライブでもインタビューでも衣装の「ど定番」が白シャツなのだ。

この日のインタビューでも彼はいつものように黒のジャケット、黒の細いパンツ、黒の靴、そして白いシャツに黒の細いネクタイという定番のスタイルで登場した。「白シャツがね、もう大好きなんですよ」と言った。

このとき、4月からの独立を決めていた僕は、宮本さんにどうしても聞いておきたいことがあった。僕が一番好きな「四月の風」という曲にまつわるエピソードだった。

「四月の風」 THE ELEPHANT KASHIMASHI LIVE BEST BOUT ver.(YouTubeより)

30年以上同じメンバーで活動し、今でこそ人気バンドになったエレカシだが、若かりし頃に最初のレコード会社から契約を打ち切られ、小さなライブハウスを回るだけの日々もあった。

僕が空元気でもいいから未来に期待を抱いて、前に向かおうとする「四月の風」がとても好きだと話すと、売れなかった時代をこんな風に振り返ってくれた。

「どこにも属していない浪人の状態。京浜東北線に乗ってる時、このなかで仕事がないの俺だけなんじゃないかなあ、なんて思ったりして」

「『珍奇男』っていう歌の『はたらいている皆さん 私はばかなのでしょうか』っていう歌詞を地でいってましたね」

僕が彼の言葉をより深く理解したのはその年の3月だった。それまで勤めていた会社を辞めて、4月からの独立に向けて有給休暇を消化していた。ただただ精神的に疲弊していくだけの日々にけりをつけたくて、独立を宣言したのはいいものの、何も決まった仕事はない。

次の月にいくら稼げるかの見通しもまったく立たない。誰に必要とされているのかもわからない。

手続きのため税務署や区役所へ向かう道の途中で、たまたま声をかけてもらった仕事に向かう電車の中で、パソコンを広げるために入ったカフェで、「この中で来月の仕事もろくに決まっていないのは僕だけだろう」と考えている自分がいた。

毎日、電車でもカフェでも歩いている道の途中でも、ふとした時に涙があふれ出て止まらなくなった。

「本当はもっと組織でやりたいことがあったのにできなかった」と後ろを振り返ってばかりの自分がいた。これではダメだとわかっていても、一度壊れたメンタルを立て直すにはそれなりの時間がかかるのだ。もっとやれたはずだと思う自分が惨めだと思った。

エレカシのステージが教えてくれたこと

そんな気持ちが変化する契機になったのも「四月の風」だった。エレカシ30周年記念ツアーのファイナルになる3月17日、さいたまスーパーアリーナ公演のチケットを早めに押さえていた僕は、JRに乗って会場に向かっていた。

5曲目「悲しみの果て」から涙が止まらなくなった。15曲目「ズレてる方がいい」、19曲目「俺たちの明日」、24曲目「今宵の月のように」、立て続けに演奏された新曲「Easy Go」……。宮本さんもバンドもボルテージが上がる。涙はやっぱり止まらないのだけど、それは後悔や不甲斐なさで流す涙ではなかった。目の前の一曲、一曲を全力で歌う宮本さんの姿勢に泣いていた。

三部構成のステージをすべて歌い終えた彼は、満員の観客の拍手に応えて「もう予定された曲はすべて演奏したけどもあと一曲。これからの季節にぴったりだと思うので……」と語って、「四月の風」を演奏した。この日の31曲目である。

宮本さんは最後に残った力を振り絞るように声を出し、目に涙を浮かべながら「四月の風」を歌った。これまで聴いてきた、どの「四月の風」よりも美しく、そして力強かった。彼が何を思って涙を流したかはわからない。

売れなかった時代を思い出したのか、よくぞ30年やってきたと思ったのか、はたまたツアーファイナルだからなのか。そこにあったのは全力を出し切った人にしか流すことができない涙だったように思う。

宮本さんはステージで、まだ見ぬ誰かが待っていること、もう何かが始まっているのだと歌っていた。それは独立を控えた僕にとって何よりのエールだった。

いざ4月からフリーランス生活が始まってみると、ある時点を境に思いのほか忙しくなり、いろいろなオファーがやってきた。ラジオ、雑誌、テレビ、ウェブと仕事の幅は広がり、僕を評価してくれる人たちと仕事をする機会が増えていった。

そう、誰かがどこかで待っていてくれたのだ。僕は待っている人に向けて、一つ一つの仕事を丁寧に完成させていけばいい。「いま」と誠実に向き合うことで道が切り開けるということをエレカシのステージが教えてくれていた。

2018年を振り返ってつくづく思うのは、追い詰められて仕事で後悔したり、愚痴ったりしていても何も解決しないということだ。横を見て、誰かと比べるだけの仕事をしていても何も良いことはない。大事なのは目の前にある仕事を完成させることであり、自分が登っていきたい道を登ることだ。

何事にも通じるが、継続は強さを生む。何事にもど直球で全力に。そんな宮本さんに白いシャツが似合うのも道理なのだと思う。2019年4月になったら、たまには白いシャツを着て、「四月の風」を聴きながら仕事に向かってみようと思う。その時の自分はどう聴いているのか。ごまかしのきかない服をどう着ているのか。例えば、ちょうど独立から1年の日にでも……。

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