大正生まれの現役バーテンダーが躍動 戦後日本が生んだカクテルの傑作「雪国」が映画化

60年前に創作されたカクテル「雪国」の誕生秘話(映画「YUKIGUNI」より)

「雪国」という名前のカクテルをご存じだろうか。ウォッカにホワイトキュラソー、ライムジュースを足してシェイクする、シンプルなレシピ。だがそれを、縁に上白糖をつけたグラスに注ぎ、その底にミントチェリーを沈めると、たちまち雪深い北国の幻想的な風景に見えてくるから不思議だ。

この傑作カクテルを60年前に編み出したのが、井山計一氏。92歳にして現役最高齢のバーテンダーといわれる。いまも山形県酒田市にあるカフェ&バー「ケルン」のカウンターに立ち、地元のみならず全国から彼の人柄を慕う数多くのお客さんを集めている。

そんな井山氏に2年半密着したドキュメンタリー映画「YUKIGUNI」が、山形県内での公開を経て、2019年1月2日から、東京の「ポレポレ東中野」と「UPLINK渋谷」で上映される。その後は全国の劇場でも公開予定だ。配給会社の好意で、ひと足先に映画を視聴させてもらった。

映画「YUKIGUNI」 予告編

「洋酒天国」主催のコンクールで第一位に

井山氏は、大正15年(1926年)生まれ。終戦を迎え、酒田で社交ダンスの講師をしていたが、一念発起して仙台のキャバレーのバーテンダーに鞍替え。いくつかの店で腕を磨いて、昭和30年(1955年)に帰郷し、夫婦で「ケルン」を開店した。

転機は昭和34年(1959年)にやってきた。壽屋(現サントリー)が発行する雑誌「洋酒天国」主催の全日本ホーム・カクテル・コンクールに「雪国」を出品したところ、なんと全国で第一位(グラン・プリ)に輝いたのだ。

以来「雪国」は、戦後日本が生んだカクテルの傑作として、多くのバーテンダーに知られるスタンダードカクテルのひとつになった。いまでは海外にも、日本生まれの代表的なレシピとして知られているという。

「ケルン」のカウンターに今も立つ井山計一氏(映画「YUKIGUNI」より)

ちなみに(映画では触れられていなかったが)「洋酒天国」とは、後に芥川賞を取る開高健が1956年に創刊した伝説的な雑誌である。編集部から山口瞳や山川方夫らを輩出し、全盛期の部数はおよそ20万部。「雪国」は、そこで大きく取り上げられた。

映画では、年齢を感じさせない井山氏の若々しいおしゃべりと、見事なシェイカーさばきが見られる。なお、東北大会では第三位だった「雪国」が全国第一位になった背景には、仙台の恩人による大きなアドバイスがあった。それが何かは、映画で確かめていただきたい。

飲食店や地方創生に関わる人の参考に

この映画の魅力を、誰に勧めればよいだろうか。飲食店を営む人には、目標となる存在と出会うきっかけになるかもしれない。切り絵作家の故・成田一徹氏は「バーは人なり」と指摘したが、映画には井山氏を慕い、遠く大阪から「ケルン」に通う人たちが登場する。

地域活性化に悩む人にも、参考になるだろう。地元では当たり前に思われている人や場所が、他の地域から非常に魅力的に見える場合がある。それをうまくコンテンツ化してプロモーションできれば、「ケルン」のように全国から人を呼び寄せることができる。

おそらくこの映画の観客からも、いちど酒田を訪れてみようと思う人がきっと現れるはずである。そして自分たちの地元にも「ケルン」と同じように、全国に通用する魅力的な素材があると気付かされるのではないだろうか。

酒田市の中町に店を置く「ケルン」(映画「YUKIGUNI」より)

ただし、地方のドキュメンタリーには、ある種の宿命的な難しさがつきまとう。それは、被写体にとって不都合なシーンが撮りにくいことだ。

ドキュメンタリーの登場人物は、自分が関わる人や地域をよく撮ってもらいたいと考えながら協力する。制作側も、それをむげにカットできない。だから完成した作品に、強い宣伝臭が漂ってしまいがちなのだ。

それは地元の人にはさほど気になるものではなく、むしろ当然のことであり、嬉しいことでしかないのかもしれない。しかしその臭いは、映画をひとつのドキュメンタリーとして見ようとする観客を白けさせ、作品の魅力を半減させてしまう。

長女が初めて「雪国」を口にするシーンが印象的

「雪国」がそんな宣伝臭から逃れているのは、井山氏親子の葛藤の苦味が描かれているからだろう。確かに「ケルン」は、お客さんから愛されている。高校時代から店に通う常連夫婦は、笑顔でこう語り、井山氏に感謝している。

「とりあえずケルンに夜飲みに来るといいことがある、ハッピー」
「みんな飲んでて楽しくなってニコニコしているから、元気をもらえる」

その一方で、井山氏の長女と長男は「(両親とは)一緒に御飯食べることないですよ」「母の手料理を食べた覚えが本当にないんですね」と振り返る。父も母も朝早くから店に出て、深夜まで帰らなかったからだ。

夫と「雪国」で乾杯する井山氏の長女(映画「YUKIGUNI」より)

長じて長男は音楽の道を志して上京し、ロック喫茶で働いた後、帰郷して店を手伝うようになった。そこには家業の影響が見られる。しかし長女は、自らが育った環境への反動のように専業主婦として生きた。自分の子どもには寂しい思いをさせたくなかった。

井山氏は、仕事の魅力を語り、苦労をかけた亡き妻を想い出して涙し、孫やひ孫を可愛がる。しかし、なぜか実の子に言及するシーンはない。もちろん、思いはあるのだろうが、言葉にすることはない。

外へ飲みに行く機会も持たず、父親のカクテルを飲んだこともなかった長女が、映画の終盤、夫とともに「ケルン」のカウンターで「雪国」を口にするシーンが印象的だ。どんなお客さんにも背筋を伸ばして標準語で話す井山氏が、長女を前に庄内弁を漏らす。

この映画は、戦後の高度成長期に家族を顧みずモーレツに働いた仕事人間と、その家族の話として見ることもできるだろう。親との関係をこじらせ、和解を求めている人、和解し損ねた人にも見て欲しいと思った。

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