一生忘れられないスナック 「美空ひばり」が好きなママとの思い出

イラスト・古本有美

前回のコラムで書いたとおり、新入社員の時分に、当時勤めていた会社の会長に連れられて何度か足を運ぶうちに、いつしかスナックの魅力にとりつかれてしまいました。

とはいえ、ひとりで初めての店に入るのは非常に勇気がいるものです。なにせたいていのスナックは外から中が見えません。どんな様子なのか全く分からないし、扉に近づくと常連さんのにぎやかな声やカラオケが鳴り響くので、なおさら扉を開けるのをためらってしまいます。

しかし、連れて行ってもらった頃から数年たっても、やはりスナックへの郷愁は消えることなく、なんとかまた訪れたいと思い続けていたのです。

自宅の近くにあるスナックに飛び込む

そんななか、東京の品川区と大田区との狭間あたりでひとり暮らしをすることになりました。そこでしばらく過ごしているうち、家の近所にひっそりと一軒のスナックがあるのを見つけました。

それから気になって何度も店の前まで足を運ぶものの、やはり入ることができず悶々とする日々が続きました。しかしある時、何がきっかけだったか覚えていませんが、意を決してその店の扉を開けたのです。

すると店の中に客の姿はなく、奥のカウンターでは老婆が突っ伏していました。もしや死んでいるのではと焦りましたが、うとうとしてしまっただけのようでした。

そのママは、たしか70歳を超えていたと思いますが、着物をぴしっと着こなして姿勢も良く、顔立ちも美しく、若い頃はさぞ別嬪(べっぴん)だったろうと思わせる風貌をしていました。「2時間飲み放題 3000円」という料金体系で、焼酎かウイスキーの水割りを頼み、ちびちび飲みながらたわいもない話をしたと記憶しています。

途中で、ママが美空ひばりのファンだという話になり、「じゃあひばりちゃんを歌おう」ということになって、『悲しき口笛』に始まって、『お祭りマンボ』やら『真赤な太陽』やらを熱唱しました。その後、どうやって店を出たか覚えていませんが、幸い家から徒歩2分ほどの場所だったので、無事家路に着きました。

そして数年の月日が流れ去り

それ以来、たまに足を運んでは、美空ひばりを歌い、ママの身の上話に耳を傾けました。ママの自宅は店から徒歩10分ほどのところにあり、息子夫婦と同居していましたが、ママがこのスナックをやっていることを彼らはあまり良く思っていないらしく、自宅ではどうやら肩身が狭いようでした。

おそらくママにとってこの店は、誰にも気兼ねすることなく、自分らしくいられる場所だったのでしょう。私にとってもそこは、ゆったりとした時間が流れる、気の置けない空間でした。こうした居場所が住まいのすぐ近くにあることに、そこはかとない安堵感を覚えていました。

その後、私は別の区へと引っ越しましたが、たまに近くに来ることがあると、そのスナックの前を通り、まだ看板が光っているのを確かめてはほっとしていたものでした。

しかし、さらに数年の月日が流れ、すっかりあの店のことも忘れかけていた頃、たまたま会社の後輩がその近くに住むことになったと聞いて、そういえばママはどうしているだろうかと思い出しました。

ウェブで検索したところで、もともと出てくるような店ではありません。しかし、Googleストリートビューというものがあることに気がつき、恐る恐るお店があった通りを調べてみました。

店はありませんでした。スナックがあった場所は、全く別の店になっていました。思わず涙が出てきました。ごくたまにしか来ない客のひとりに過ぎませんでしたが、私にとっては一生忘れられないスナックなのです。またいつか、あのママと美空ひばりを一緒に歌えたら、と思っています。

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