安田純平さん「事実関係の説明ってすごく地味。でも…」ネット時代のリスクと情報発信

安田純平さん「事実関係の説明ってすごく地味。でも…」ネット時代のリスクと情報発信
安田純平さん=斎藤大輔撮影

内戦中のシリアで武装勢力に拘束され、3年4カ月間、人質になっていたフリージャーナリストの安田純平さん。イラク戦争開始後の2004年にも、短期間ながらイラクで武装勢力に身柄を拘束されたことがあります。

イラク戦争は、紛争地域で拘束された人を非難する「自己責任論」が沸き起こったことでも知られます。それから14年が経った今、当時と比較して安田さんはどう思うのでしょうか。多くの情報は「危険な場所に行かなくてもネットで分かる」という時代、それでも現地に赴いて一次情報を入手する意義をどう考えるのでしょうか。インタビューの後編です。

※インタビュー前編はこちら

「日本は人質に金を払うと思われた」

――安田さんは2004年4月にも、イラクに入国した際、現地の武装勢力に一時拘束されたことがあります。前回と今回で日本社会の雰囲気の違いを感じることはありますか?

安田:イラクのときも拘束翌日に、具体的な根拠を何も示さずに、武装勢力から何か要求があったかのような書き方をされました。つまり「人質」という情報が世界中に流れ、ほぼ確定した事実になってしまいました。今回は「身代金が払われた」という報道が流れているので、反発する人は前回よりもかなり多いと思います。

今回、私を拘束した相手からは「日本は金を払う。だって、お前は前にも人質になって解放されたのだから」ということを言われてしまっているわけです。日本メディアと日本国民が世界中に向けて、私が「人質」だったという、はっきり言ってデマを流した結果、「日本は人質に金を払う」と思われてしまっている。そういう情報は慎重に流すべきだと思うんです。

今回、身代金を払ったという情報は「シリア人権監視団」というNGOだけが話の出どころですが、ほとんど確定した事実のように流れていて、報道機関もそこを引用しています。日頃メディアを信用しないと言っている人たちが、こういうときはメディアの報道を信じ、出所不明のNGOの情報を信じる。そういうことは昔も今も変わりません。

安田純平・斎藤大輔
斎藤大輔撮影

――シリア人権監視団の情報の判断は難しいですね。アサド政権下で、公表されない民間の被害者に光を当ててきた団体なので、一定の信頼性はあります。

安田:そうですね。ただ、アサド政権における空爆被害は、現場に行けばかなり事実関係がはっきりしますけど、身代金が払われたかどうかは完全な内部情報ですから、まったく性質が違います。「身代金が払われた」というニュースリリースの中に、「実は4日前に解放されていたけれども、政治的な理由で発表が遅れた」と書いてある。これは完全にデマです。現地でそういう噂が流れている可能性はかなりあるし、彼ら自身が流している可能性もありますが、ほぼ確定した事実になってしまっている。

シリア人権監視団のニュースリリースは、他のウェブサイトからいろいろコピペもしているんです。300万ドル払ったという話を自分たちの文章では書かず、読売新聞に聞かれてそう答えたという読売新聞の記事をソースとしてコピペしています。変な話ですよね。クルドのメディアが、拘束していたのは過激派組織「イスラム国」(IS)だと書いた部分もコピペしている。これは私が会見でそう言ったかのような内容の記事でした。わざとあり得ない情報を入れて、「この件に関しては信憑性が分からない」と暗に言っているのかもしれませんが、いくらなんでもあり得ない。

――そうですね、もしISだったら、安田さんはもうこの世にいない可能性が高い…。

安田:はい。何とか事実関係を解明しようと思っているんですけど、もともと根拠がない話なので、慎重に扱わないといけない。

イラクのときも、私が「人質だった」とか「身代金を払った」と言う人たちはたくさんいたけど、相手が誰だったのかを調べる人は全然いなかった。私は10年後の2014年に、地元のイスラム法学者から当時の拘束者の話を聞けたんですが、「スパイ容疑で捕まえたけど、スパイでないと分かったので解放した」と。それでほぼ間違いないと思うんです。

「テロリストに金が渡った」というのであれば、誰が受け取ったのかは極めて重要じゃないですか。そこを解明するのは、特にイラクのときはやろうと思えばできなくはなかった。私を批判するのは全然構わないけど、受け取った方を解明する方が大事ではないかと思います。

日本社会の「これがルールだ」と思っている人たちからの「ルールから外れた」と思った人間への反応の方が大きくて、誰が拘束したのかには、ほとんど関心が行かないですよね。そういう意味ではあまり大きく変わっていない。

――安田さんは、ご自身に身代金が払われた状況はありえないとお考えになっているんですね?

安田純平・朝日
2016年5月30日未明、Facebookに投稿された安田さんの写真

安田:解放の前に生存証明を取られていない。妻からの質問に答えたのは2016年の1月で、妻が私の回答を見たのは2018年の8月。それも日本のテレビ局に見せられただけです。この質問はブローカーが妻に書かせたもので、政府は全く関与していない。どう考えてもあれでは、生きているという証明にならない。あれで金を払ったとしたら完全にギャンブルですね。まともな国ならあり得ない。

注:安田さんは2014年末から2015年初めにかけて「日本に送るから」と個人情報を書かされたり、写真や動画も数回撮影されたが、安田さんは「現在、生きている証明にはならない」と考える。

――安田さんの生存情報も、日本で真偽不明のものが何度か飛び交い、何が本当なのか分かりにくいまま推移していました。

安田:外務省から私の家族に入った私の近況情報も、解放の1カ月前でもまったくのデタラメという状態でした。外務省関係者も、いろんな情報があまりにたくさん入ってきて、真偽の判断が非常に難しかったと言っているんです。

特にアラブ人は「知らない」と言いたがらないので、知らなくても知っているような適当なことを言ってみたりする。事実なのか、自分の考えなのかをはっきり分けないで喋ることも多い。それが彼らのホスピタリティーだったりもするので、非常に難しいんですよね。外務省の能力の問題ではなくて。

そして、いろんなブローカーが間に入って、仲介役になろうとしていた。彼らは商売ですから。それで混乱した部分もかなりあったみたいですね。

「自己責任と言いながら、家族の連帯責任も問われるのが現実」

――帰国後2回、記者会見して、それぞれ冒頭で「ご迷惑をおかけして申し訳ございません」と謝罪しました。「謝罪の言葉」を言わないといけない状況だったのでしょうか。

安田:まず、今回は自分が人質になっていたので、日本政府側の対応が必要でした。解放直後、トルコのアンタキヤで外務省の担当者に会って身元確認をしたときに「今回はご迷惑をおかけしました」という言葉と、お礼を最初に言いました。家族の面倒も見てもらっていましたので、日本の社会人のごく普通の礼儀だと思います。

安田純平・朝日
2018年11月2日、日本記者クラブで記者会見し、冒頭で頭を下げる安田純平さん(2018年11月2日付朝日新聞夕刊から)

それをカメラの前で、インターネットを見ている人たちの前で言わなければならないのかということですよね。こちらが事実関係の説明をしようとしても、その前にそういう言葉がないと話そのものを聞いてもらえないというのが現実としてあるので、礼儀として言っておいたほうがいいかなということです。

――ご家族のことを考えて、ということも言っていました。

安田:ええ。「自己責任」と言いながら、結局、家族の「連帯責任」も問われたりするのが現実なので。家族のことを考えると、カメラの前でも「申し訳ないです」という言葉は言っておいた方がいいと考えていたんです。

――日本外国特派員協会の会見では「なぜ謝るのか」という質問に「私のミスで迷惑をかけたことは事実だ」と言っていました。「自分のミスで」とは、具体的になにを指すのですか?

まあ、入国のときの経緯ですよね。だまされたかどうか、まだ分からないんですよ。もともと(ガイド役の)彼らが計画して、自分を人質として引き渡したとは考えにくい。でも、そのミスによっていろいろ動かなくちゃいけない人がいたのは事実。そういうときの日本語として「ご迷惑をおかけしました」と言うのは、ごく普通の礼儀だと思います。

注:安田さんは2015年6月、後藤健二さんのガイドを務めた男性の案内でトルコの国境地帯から徒歩でシリア入りを目指した。しかし、ガイドが様子を見に1人でシリアに入っている間、別の人物に声をかけられ、不審に思いながらもその人物に着いていって、シリアで拘束された。

――イラク戦争のときに解放されて帰国してメディアに囲まれたときも、まったく同じことをおっしゃっていた。前回と今回で言葉の意味、置かれた状況は違いましたか?

安田:前回はスパイ容疑の拘束で、今回は人質ですから、起きた出来事が明らかに違います。大手メディアだろうとフリーだろうと、現地でスパイ容疑をかけられて拘束されるというのは、ごく日常的な出来事です。前回はそれが「人質」という報道をされたので、実態とは違う話で理解された部分があります。

今回も「身代金云々」とメディアが流しましたが、人質だったことは間違いないので、今回の方がストレートに「ご迷惑をおかけしました」という表現がしやすかったというのはありますね。

「事実関係の説明ってすごく地味。でも…」

――イラク戦争当時はSNSが今ほど発達していませんでした。インターネットを巡る環境も、前回と違うのではないでしょうか。

安田:イラク戦争のとき、ネットの情報は掲示板「2ちゃんねる」が中心で、見る人、見ない人がはっきり分かれていました。今はSNSが発達して、年配の人も含め、かなりの人が利用しているので、一度流れた情報はなかなか覆らない。というより、前回以上に定着しやすい傾向はあると思うんですよね。

――社会的なリスクという意味では、今回もかなり意図的にフレームアップして流すSNSの投稿やネット媒体がありました。

安田:「人質」になったのは今回が初めてですが、ジャーナリストを名乗る人が「3回目だ」と書いていました。確認すればいいだけなのに、それをしない。以前は「2ちゃんねる」の範囲内でしたけど、今はそれがあたかも事実のように拡散している。そういう意味では、前より深刻だなと思っているんです。

――対抗するすべは?

安田純平・斎藤大輔
斎藤大輔撮影

安田:うーん…基本的には発信する機会があったら発信した方がいいんじゃないかと思うんですけど、きりがないというのもありますね。

――14年前、イラクで身柄を拘束された今井紀明さんには「死ね」という手紙が殺到しました。現在は安田さんも、本人の直接関わらないネット空間で猛烈に叩かれている状況があります。

安田:不思議なもので、本人に対して直接はそれほどの怒りをぶつけないですね。一方で、同じ情報を繰り返し繰り返し流す。事実関係は関係なく、定着させようと思ってやってるんでしょう。そういうことが今はできてしまうので、意図的に印象が作られてしまう。それはもう、2004年のころとは比較にならないほど広がっていると思いますね。

――「フェイクニュース」という現象に象徴されますが、ある種「事実関係なんてどうでもいい」という感じの風潮ができてしまったようにも思います。

安田:そうなんですよねえ。事実関係の説明って、すごく地味じゃないですか。私が今回、解放されたときも、「記者殺害事件を起こしたサウジアラビアと対立するカタールが、日本を味方に引き込むためにイスラム原理主義武装勢力『ヌスラ戦線』を説得した」という主張がありましたが、単なるストーリーです。地震の前にナマズが騒いでいたという類いの話で、事実関係とは全く別の話ですから、その辺の区別がされていないのは、非常に問題だと思うんです。

私が拘束されている間に日本で安保法制が成立しました。イラク戦争のような戦争が起きて、自衛隊が派遣されれば、輸送業務など、自衛隊が活動する範囲は以前より大きくなる。紛争地のような場所で、事実関係をはっきりさせることは、今まで以上に重要になっていると思うんです。事実なのかストーリーなのか、区別がつかないのは非常に問題です。

前の世界大戦で日本は、事実関係の正確な把握がものすごく重要だと学んだはずなんですけど、事実関係よりも印象と精神論の方が大事という風潮は、まったく変わってないんだなあと、改めて思います。

――特に最近はネットが発達した副作用として「現地なんか行かなくてもいい」という声も聞かれるようになりました。

安田純平・朝日
2007年6月26日、イラク中部ディワニヤのイラク軍基地内で撮影したネパール人警備員と安田純平さん(安田さん提供)

安田:そうですね。「現地からの情報がある」とか「現地人が撮ればいい」という意見もありますけど、現地の人でもネットにアクセスできない人はたくさんいます。また、カメラが向いている方向のものしか写らないというのは、以前からずっと変わらない。ネットは事実でないものも拡散、定着しやすいので、何が事実なのかを確認しに行く作業は必要だと思うんです。

――「日本人が行く必要はない」という言い方をする人もいますが。

安田:独自の視点を持っている人であれば、日本人だろうと何人だろうと、情報を集めるという意味ではまったく関係がない。裾野が広がって初めて、いい情報が出てくる。日本人の視点と外国人の視点は全然違いますし、ヨーロッパと中東の関係と、日本と中東の関係も全然違いますから、現地の人間の受け止め方も違うし、もちろん視点も変わりうる。

たとえばシリアの場合、「反政府側から流れてくる情報はデマだ」と主張する人もたくさんいる。当事者である現地の人がいくら情報を流しても、信頼性は必ずしも高まらない部分があるんですよ。外部の人間が第三者の目で見ることが非常に大事で、それはシリア人も歓迎しています。

――そういう中で、ご自身が現地に赴いて情報を取ってくることは、これからもしたいとお考えですか?

安田純平・斎藤大輔
斎藤大輔撮影

安田:自分が今後どうするのかは今現在、決めてないですし、言わないようにしています。これまでも事前に宣言して言ったことはないし、自分でなければならないと思ったことも一度もないんです。フリーランスにこだわっているわけでもないので。

最近、日本の若い人で、比較的安定しているクルド地域のシリアやイラクに入る人もいるようです。そういう人たちが活動しやすいような社会作りが、できたらいいと思います。

インタビュー前編

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