芸術の秋の贈り物、ムンクの「叫び」をモチーフにしたポップな「靴下」

芸術の秋の贈り物、ムンクの「叫び」をモチーフにしたポップな「靴下」

「ムンク展とのコラボ靴下がとても良い出来栄えで社長は上機嫌です」――。11月中旬にこんなメールが届いた。送り主は靴下ブランド「Ayamé」(アヤメ)のデザイナー兼社長の阿賀岡恵さんからだった。

気鋭の靴下デザイナー

アヤメは社長一人で経営する小さな会社である。彼女は国内の作り手―特に技術力に定評のある奈良県の工場―を巻き込み、国内市場だけでなく海外展開にも挑戦し、10年かけてアヤメをロンドンの一流百貨店などとも取引する人気ブランドに育て上げた。

景気の良いメールを読むとこちらの心も踊るもので、すぐに祝福のメールを返した。彼女は、いま開催中のムンク展で目玉とも言うべき絵画『叫び』をモチーフにした靴下を製作した。他のコラボグッズがポケモンなど誰もが知るコンテンツであることをみても、快挙と言っていい。

彼女と同じように僕も個人で仕事をしているので、今まで以上に喜びと達成感が伝わってくる。

僕は昔から彼女がデザインするポップで複雑な模様の靴下が大好きで、ブランド立ち上げの時から継続的に買っていた。数年前にたまたま取材先から紹介されてからというもの、不思議な縁は続き、今年の成人の日にあわせて彼女の数奇な人生についてインタビュー記事を書いた。

夢も目標もなかった20歳の若者が、偶然の連続で時代の先端を行く社長兼デザイナーになる。読む人が読めば「おとぎ話」としか言いようのない人生の主人公になるというものだ。

靴下は「厄介」なもの

靴下といえば、ファッションをテーマにした漫画『王様の仕立て屋』のなかに「靴下ってのは厄介なアイテムでしてね」というセリフがある。ある客が思い出のあるアーガイル柄の靴下を中心に、スーツを仕立ててほしいと依頼したときに、仕立て屋の主人公・織部悠が言い放った言葉である。

織部はナポリで修行を積み、かの地を拠点に商売をするクラシックスーツの仕立て屋なので、セリフは当然ながらスーツを前提にしたものだ。

曰く靴下はスーツとの調和が必要で、無難にいきたいときは靴かスーツの色にあわせる。色・柄物は難しく、よりセンスが問われるという。もちろんカジュアルな服の世界はスーツよりも自由度が高いのだが、靴下が「厄介」なものであることは変わりない。

「厄介」であるがゆえに、良い靴下を履くと気分が良くなるとも言える。ムンク展とのコラボ靴下が象徴するように、彼女が手がける靴下はまずメンズでは見かけないポップな色や複雑な柄を織り込んで、まったく新しい世界を打ち出している。

彼女は国内靴下の一大産地である奈良県の工場に熱心に足を運び、複雑なデザインを職人とともに形にする。例えば、靴下の質はふくらはぎの締め付けに現れる。質が高くない靴下は、強く締め付けられるか、逆に数回の洗濯で締め付けが弱くなってしまうものだ。素材も耐久性がなく、穴が空くのも早い。

何かと靴を脱ぐシーンが多い日本社会では、それは致命的な弱点だ。一足あたり2000円超の靴下のアヤメではそれは許されない。

靴下の先端部分は手縫いで仕上げて、より丁寧に。個性的なデザインである以上、技術は最上のものをつぎ込み品質も担保されていて然るべきである、と彼女は考えている。

新しい柄だけなら、彼女以外でもできるかもしれないけど、高い技術とともに海外に打って出てビジネスと両立させるのは並大抵ではできない。彼女の姿勢はムンク展のコラボでも変わっていない。こんなコメントを寄せている。

《若き日のエドヴァルド・ムンク氏の苦悩や恐怖。不安な感情の中で向き合った愛と孤独。そして、晩年の鮮やかで明るい色づかいの作品群。第二次世界大戦の中、ナチス占領下のノルウェーで、その生涯を芸術に捧げた氏が、どのような強い意志と情熱を持って生きたのか、そんなことに思いを馳せてデザインしました。世紀末芸術の傑作に敬意を払いつつ、繊細でアーティスティックな靴下になるよう、鋭意制作に当たらせて頂きました。》

渾身の一足を受け取って

メールのやり取りから数日後、「ムンク展はレディースのみでメンズはサンプルまでは作ったけど、商品展開はできなかった」という手紙とともに、思いがけずサンプルのメンズ用靴下が贈られてきた。

ビニールで丁寧に梱包され「SAMPLE」とかすれた判が押されていた。渾身の一足を突き返すのは野暮というもの。別の機会に何かをお返しして、貸し借りは無しにするということにして、ありがたく受け取ることにした。

ちなみに『王様の仕立て屋』には「コーディネートのプラスにはならなくてもマイナスにはなる それが靴下なんだ」というセリフもある。スーツの世界ではそうかもしれないけど、普段着ならコーディネートのプラスになることもあるんじゃないと反論もしたくなるものだ。

彼女の靴下はコーディネートの彩りでありプラスだと僕は思っている。12月はクリスマスにあわせて靴下がちょっとばかり注目される季節――。次に彼女にあったら、こんな声をかけてみようと思う。「引き続き景気のいい話とポップな靴下を期待していますよ、社長!」と。

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