「モテたいけどモテない」15年以上婚活を続けた40歳女「結婚相談所」を起業

結婚相談所を経営するナミ

「自分が独身ブス女ってことが、どうしても受け入れられなかったんです。本っ当にモテなかったんです。だから他の子がモテてると悔しくて悔しくてたまらなくて…。なんで自分が藤原紀香になれないんだろうって、真剣に悩んでました――

女装する小説家・仙田学が「女性の自由と孤独」をテーマにさまざまな女性に取材をしていくこの連載。今回は、15年以上婚活を続け、40歳でやっと結婚、その後結婚相談所を起業して、その経験を小説に書いているナミ(53)に話を聞いた。

婚期を逃し、気づけば40歳に

ナミと出会ったのは約2年前。私が主催している小説教室を受講してくれたことがきっかけだった。長編小説の完成原稿を添削してほしいと、ナミは初回の授業に持ってきた。その小説を一読して私は驚いた。結婚相談所に登録して婚活をする女性をモチーフにした作品なのだが、エピソードがどれもこれも生々しい。しかも充分な距離を取って描かれているので、主人公の焦りや不安だけでなく滑稽さや情けなさまでが、余すところなく伝わってくる。

結婚相談所に登録しているクライアントをモデルにして書かれた小説だろうか? 私がそう尋ねると、ナミは満面の笑みを浮かべて、「これ、私のことなんですよ」と答えた。

「婚活を始めたのは、専門学校を出て親のコネで下着メーカーに就職した頃です。まわりは大卒の子ばかりで。『どこの大学?』って聞かれたら、学校名じゃなくて学校の最寄り駅を答えて誤魔化してました」

婚活に明け暮れていた頃の自分をひと言で表すと、「極度の見栄っ張り」だったとナミは言う。会社ではいわゆる「いじられキャラ」で、マスコット的存在として可愛がられてはいたものの、男性社員からは「女」として見られず、女性社員から嫉妬されることもなかった。

「悔しかったですね。本当はモテたくてたまらなかった。不満が溜まっていって、2年目頃からランチに誘われても行かなくなりました。3年目になって、会社に好きな人ができたんです。人気者だし顔もよくてね。誰にも打ち明けないで、陰で猛烈にアタックしてました。自分に自信がない癖に、攻撃性は高かったんですよね。気分は狩人。結局すぐ振られちゃいましたけど」

1年また1年と経つうちに、周りの女性社員たちは次々と結婚していく。ナミは「私は結婚できないんじゃなくて、しないのよ」と強がっていたが、社外では合コンに参加しまくっていた。だが、ことごとく失敗に終わった。会社には15年間勤めたが、お局(つぼね)扱いされるのに嫌気がさして退職。

ナミが結婚相談所に登録したのは37歳のときだという。

3年間そこで婚活しました。最初は3K(高学歴・高収入・高身長)の人を求めて、お見合いを繰り返しました。でも、いい人がいなくてね。条件は満たしていても、人格が変とか会話がつまらないとか。しょせん残り物の集まりだから仕方ないですけど。全部で40人くらいとお見合いしました。いいと思った人には断られ、どうでもいい人からアプローチされ、断り、断られで3年経ちました。だから夫と出会ったときには40歳になってたんです」

結婚相談所を経営するナミ

虚栄心の背景には母親からの否定が

モテたい。でもモテない。そしてモテないということは隠しておきたい――。ナミの口ぶりからは、モテるということへの並々ならぬ執念が見て取れた。その執念はどこからくるのだろう? 私はナミの子どもの頃の話を聞いてみることにした。

「母親から押さえつけられていた子どもでしたね。機嫌の悪いときには当たり散らされたり、モノ扱いされてました。もともと私は、ちびまる子ちゃんみたいな目立ちたがり屋で天真爛漫な子だったんです。でもそういうところが母親は気に食わなかったみたいで。中学生になると見た目を否定されるようになりました。『あんたはお父さんに似て不細工だから、勉強できないとどうにもならない』とか。『犯罪にならないならあんたを殺したい』って言われたこともあります。ほうきの柄で、脚や背中を思いっきり殴られたこともありますよ。いま思えば、母親は自分の人生に満足していなくて、娘と張りあって腹いせをしていたんでしょうね。母親は父親のことを大嫌いだってよく言ってました。お金のために無理に結婚させられたんだって」

天真爛漫な性格や容姿を母親から否定されて育ったから、虚栄心が強くなったとナミは言う。それはナミの強さの表れのように私には思える。「そうなんだ、私はダメな人間なんだ」ではなく、「そんなはずはない、私は素晴らしい人間なんだ」と思い続けてきたのだろう。ナミの「モテたい」という思いには、どれほど否定されても自分だけは自分の味方でいようとする強さがにじみ出ている。

「自分の人生をだいなしにするのは嫌だと思ってたから、ぐれたことはないですね。母親の自慢の娘になろうと思って勉強を頑張ったりもしました。でも高校生の頃から成績が下がりだして、母親の態度は余計にひどくなりました。冷戦状態がいまも続いてますね」

事業に生かした婚活経験

40歳になってようやくモテない人生から脱却して出会った夫は、どんな男性なのだろう?

「天真爛漫な、ちびまる子ちゃんで私をいさせてくれる人。私のすることを何でも肯定してくれます。『私のことブスだと思ってるでしょ?』って聞くと『そんなことないよ』って。結婚相談所を始めたいって言ったときもすぐに賛成してくれました」

起業を志したのは結婚2年目のとき。ある仲人のブログをたまたま読んで、これなら自分にもできるかも、とナミは思った。合コンに明け暮れていた2030代の頃に、主宰した合コンからカップルがいくつも誕生した。幹事をするのは苦にならなかったし、人と人を結びつけるのは楽しかった。

すぐに名刺を作り、ブログを開設して記事を書きまくった。1年目は年収80万円だったが、その後は倍に倍にと増えていき、やがて一気に売り上げが伸びた。

「お客様の先の人生を考えると、辛くなるときもありますよ。なかなか決まらない人のほうが多いです。婚活の場では、離婚経験者のほうがモテますね。一度誰かに認められたという実績があるからでしょうね。私自身、結婚してやっと、結婚できないダメな人という烙印から逃れられた気がします。母親とも別々に暮らせるようになりましたし。結婚前に、母親と共同でお金を出して中古のマンションを買ってたんですよね。あのまま母親と2人で暮らしていたら、どっちかがどっちかを殺してたかもしれない、と思うときもあります」

事業が軌道に乗りだしてから、ナミは子どもの頃からの夢を思い出した。それは、小説を書くことだった。子どもの頃には本ばかり読んでいたという。母親との関係、モテない女の苦しみ、婚活の実態。ナミには書くべきことが山ほどあった。1カ月間で長編小説を書き上げたナミは、ネットで小説教室を探して、その中でも興味を惹かれた女装小説家の私に読んでもらうことにしたという。

小説はライフワークとして、じっくりと自分のペースで書いていくというナミ。15年以上婚活を続け、40歳でやっと結婚して、結婚相談所を起業した、というその経験を題材にしながら、どこか他人事のように突き放した書きっぷりに、私は覚悟の強さを感じた。

ナミの小説がいつか、この記事を読んでいる方の目に触れることができればと願う。

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