かつて一攫千金を夢みる若者でにぎわった「カジノの街」 いまは老人だらけに

かつて一攫千金を夢みる若者でにぎわった「カジノの街」 いまは老人だらけに
アメリカのニュージャージー州にあるアトランティックシティ

カジノは社会の縮図

車を運転するとその人の性格がわかると言われるが、カジノでもその人の本性がよく現れるものだ。

さらに一歩離れた視点に立てば、「カジノ自体がその社会の縮図」となっていることがわかる。

大人が子供のように無邪気に楽しむアメリカではカジノもみんなでワイワイ遊べるように作られているし、歴史や威厳のあるヨーロッパではカジノもやっぱり威厳がある。

ルールがあってないようなアジアの国ではカジノも大ざっぱな一方、国民を規制するのが大好きな国ではそもそもカジノが無かったりする。最後はもちろん、日本のことだ。

カジノとは単にギャンブルをする場所ではなく、意外にも、その社会の特徴を、たぶん、意図せずに、デフォルメする。しかも、隠そうとすることほど目立ってしまうのが何とも皮肉だ。

忘れられようとしている「夢の街」

この連載コラムの第1回で、アトランティックシティのカジノでの出来事を書いた。

そのルーレットの後、ぼくは部屋に戻って朝まで眠り、次の勝負の前に外の空気を吸ってこようとメインストリートに出た。そのとき「あれ?」と思った。

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アトランティックシティのメインストリート「ボードウォーク」

どこもかしこも老人ばかり。あとはカモメとリスだけだ。

何か変だと思った。

そんな筈はないと、通りに沿って歩いたが、すれ違う人はみな老人。

やっぱり変だと思っていたところに、ゴロゴロという音がした。振り返るとトロリーバスで、乗っていたのもみな老人。

これは一体どうしたことか。

ここ、アトランティックシティは、かつて大勢の若者で賑わっていた町。ニューヨークから小遣いを握り、若者が一攫千金を夢見てやってきた場所だ。

どこかに若者はいないかと、ホテルのあちこちを回ってみた。

ホテルの1階にはバスの待合室があった。その様子にぼくは絶句した。

一人残らず、全員、老人だった。

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アトランティックシティの街を歩くと、老人たちの姿が目についた

彼らがよろよろしながらバスに乗り込む光景は、まるで日本のデイサービスの送迎バスのよう。やがて別のバスがやってきてカジノ客が降りてきた。やっぱり老人ばかりだった。

トランプ氏が経営するカジノも撤退

ぼくはあくまでカジノをしに来ていたが、ここから目的が置き換わってしまった。カジノで遊ぶより、この町が今どうなっているのかを見てみたくなったのだ。

他に誰かと一緒に来ていたならそんな勝手はできないが、ひとりで来ているので何をするのもぼくの自由。

というわけで、通り沿いにある店やカジノを片っ端から回ってみた。

もはや疑いは確信に変わった。この町にはほとんど老人しかいなかった。むろん100%というのは言い過ぎとしても、ぼくと同世代の人でさえさんざん探して見つかるかどうか。

それを現すような出来事があった。

ハードロックカジノに入り、閑散としたフロアを歩いていた時のこと。誰もいないテーブルにポツンと立っていた女性ディーラーから声をかけられた。

「あなた、今朝も来てたよね」

「よく覚えてるね」

すると、彼女はこう言った。

「若い人は目立つから」

ぼくは52歳の中年だが、そんなぼくが若い人の扱いをされるほど、ここは老人の町となってしまったというわけだ。

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今年から営業を始めた「ハードロックカジノ」

ここは数年前まで、あのトランプ氏が経営していた「タージマハル」というカジノだった。

トランプ氏が撤退してからずっと空いていたが、今年になってようやく「ハードロックカジノ」になり、営業を始めたばかりだった。

そんな新しいカジノも老人ばかり。どこもかしこも「老人の海」だ。

ヘミングウェイにこれと似たタイトルの小説があったことを思い出し、自虐的な気分で通りを歩いていると、営業をやめ、閉鎖された大きな建物が目に入った。

すでに埃まみれで、入り口にあった元の名前は黒いペンキで塗り潰されていた。そのペンキも色褪せ、名前の一部が見えていた。

「TRUMP」と書いてあった。

何だかわびしい気分で建物を見ているぼくの前を、電動車いすに乗った老人が通り過ぎていった。

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かつてトランプ氏が経営していたと思われるカジノの跡

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