「かあさんへ おたんじょう日おめでとう」父が震える手で書いた「最初で最後のラブレター」

「かあさんへ おたんじょう日おめでとう」父が震える手で書いた「最初で最後のラブレター」
Bさんの父親が妻に送ったラブレター(一部画像処理済み)

「これは、父が母に送った唯一のラブレターです」。埼玉県に住む女性Bさん(40歳)は、そう言って、一通の手紙を差し出しました。震えるような字で「かあさんへ おたんじょう日おめでとう」とだけ書かれています。

ネットの掲示板に、「渡せなかったラブレター、譲ってください」という一文を載せて以来、何人かから連絡がありました。妻子ある身でありながら、妻ではない女性と付き合っている会社員、「本来の趣旨とは異なるが、元カレからもらったラブレターを買ってほしい」という20代の女性……などなど。

そんななか、「渡せなかったラブレターではないですが……」と連絡をくれたのが、埼玉県内で働く事務員のBさんでした。

手紙を書いたBさんの父親は4年前、75歳で亡くなりました。それを受け取った母親も今年2月、79歳で他界しました。手紙は、Bさんが母親の遺品を整理していたとき、「大切な書類を入れていた引き出し」で見つけたものだといいます。

「父親はリウマチで、長いあいだ闘病していました。父が入院していたとき、お見舞いに行って『昨日はお母さんの誕生日だったから、お父さんもひと言書いて』って言ったら、『そうだな』と一生懸命、書いてくれたんです」(Bさん)

字が綺麗でないのは、病気の影響でペンをうまく握れなかったからだといいます。2013年。お父さんが亡くなる前年に書いた、最初で最後の妻へのメッセージでした。

お母さんは「お父さんから何か言ってもらえたのは初めて」と、とても喜んでいたそうです。

「『お誕生日おめでとう』という言葉は、『生まれてきてくれてありがとう』って意味にもとれると思うんです。だから母は、これをラブレターとして受け取ったんだと思います」と、Bさんは言います。

大切なラブレターをそれでも譲りたかったワケ

そんな思い出がある手紙なのに、なぜBさんは「譲りたい」と言うのか。それには理由があります。

Bさんは2年前、乳がんを患い、右の乳房を切除しました。さらに今年の初夏、今度は左の胸にもがんがあることがわかり、再び手術しなくてはいけなくなりました。

「右の胸を手術して、今年の初めに母親が浴室で倒れて亡くなりました。そしてその数カ月後には、またがんになった。このあたりで気持ちをリセットしたかったんです」(Bさん)

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父親の闘病中、Bさんが書いたノート。「死を覚悟してくれと言われた」の一文も。(一部画像処理済み)

Bさんは、自分に厳しい性格。父親の介護、自身の闘病、相続のための各種手続きと、すべて全力で打ち込んできました。結婚相手を見つける暇もないまま、時が過ぎていきました。母親は生前、そんなBさんの姿を見て、「アスリートみたい」と評したといいます。

その母親も亡くなり、遺品や書類整理もようやくめどがついてきました。また、「すでに遺言書は書いてあります」というBさん自身の体調も、落ち着いています。父親が紙を運ぶトラックの運転手をしていたこともあって、そろそろ「紙」とは距離を置いて、のんびりしたいようです。

「父から母への手紙のことは、私が思い出として記憶しておけばそれでいいんです。それに遺品としては、夫婦でつけていた腕時計があるんです。テレビの通販で買った、安いやつなんですけどね」

Bさんは、まず自分のために楽器を習いたいと話していました。

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