「石を撮るのは女性のヌードと同じ」元カメラマンが作る「石」専門誌

「石を撮るのは女性のヌードと同じ」元カメラマンが作る「石」専門誌
(撮影:立畑健児)

河原などで拾った「石」を鑑賞するというディープな趣味の世界があります。雑誌『愛石』は、そんな趣味を持つ人たちのためのメディアです。創刊は1983年。書店に並ぶ雑誌ではありませんが、いまでも毎月1000部が、おもに定期購読者に販売されています。

編集長は立畑健児さん(69)。たったひとりで『愛石』を作っています。立畑さんは、元フリーカメラマンで、芸能人や女性のヌードを撮っていたこともあるといいます。「柔らかいものから、固いものを撮るように変わっちゃったんですよ」。そう言って笑う立畑さんに、石を愛(め)でる趣味の世界について聞きました。

石の良し悪しは拾い主が決める「自分の世界」

ーーこれは、どういう趣味なのでしょうか。

立畑:石を鑑賞する趣味です。この趣味を「水石(すいせき)」といいます。

ーー石は自分で見つけてくるのですか?

立畑:基本はそうですね。川とか山とか海で石を探すことを「探石(たんせき)」って言うんですけど、それがこの趣味の根本にあるんです。しかし、高齢とか病気で石を探しに行けない人もいますから、そういう人はオークションや展示会の即売などで購入しますね。

ーー石の良し悪し、つまり価値は誰が決めるんですか?

立畑:自分が決めるんです。「自分の世界」なんですよ。ただ、それを評価するのは他人ですけど。

ーー難しいですね。「この石、いいよね?」と他人に見せるのではなく、「この石がいいと思うんだけど、あなたはどう思う?」という考え方というか・・・。

立畑:まあ、そうですね。たとえば展示会に石を出します。それを見た人が「ああ、いい石だね」と思うか、「なんだこれは」と思うかですよね。ですから、ひとりよがりなところもある趣味なんです。

愛石

ーー値段を決めるのは誰ですか?

立畑:これも自分で決めます。需要と供給のバランスで。高すぎたら売れませんしね。

ーー20万、30万円の石があるということは、その値段で売れると?

立畑:そうです。もっと高い石もありますから。うちには「200万円で売ってほしい」って 言われた石もありますよ。売りませんでしたけど。 逆に1000円、2000円の石もありますよ。ピンキリですね。

ーーつげ義春の漫画『石を売る』の世界ですね。「いい石」に規則性はないのでしょうか。たとえば、線が入っている石は「いい」とか。

立畑:特にないんですけど、山型の石は人気ありますね。遠いところにある山の景色を連想させるようなものが好まれます。それはやっぱり、見ていると落ち着くんですよ。故郷を思い出すようなね。郷愁がわくというか。

「山水景情石」って言葉があるんですが、これの「水」と「石」をとって「水石」になったという説が有力なんです。山のほかにも滝を連想させるものがあったり、「くず家」といって、壊れかけたわらぶきの家に見えるものもあります。

愛石
(撮影:立畑健児)

ーー石の種類は重要ではないんですか?

立畑:種類はあまり関係ないですね。珍しい種類だから高いということはありません。

ーー聞けば聞くほど「深い」世界ですね。

立畑:昔は貴族の趣味だったんです。徳川美術館には後醍醐天皇が愛した石もありますから。織田信長の石は今、西本願寺(京都)の寺宝になっています。もとは中国から渡ってきた趣味だったと思うんです。それが日本で特化して。今、中国でも石の趣味はあるんですけど、日本の水石のような「わび」「さび」のような感じがなくて。派手なんですよね。

「石も人物も撮り方は一緒。いい角度とライティング」

ーー立畑さんは、どのようにしてこの世界に飛び込んだのですか?

立畑:若いころは、新聞記者になりたかったんですよ。法政大学に通ってたんですけど、ちょうど大学紛争の時期で、授業がない。学校が封鎖されて。学校に行かないってことは、夢がなくなっちゃうことなんですよね。それで、「カメラマンもジャーナリストの一種だな」と思って、大学をやめて写真の学校に行ったんです。そこを出てフリーカメラマンとして働き始めました。

運のいいことに仕事にありついて、女性の写真を撮るようになって。そのうち『週刊大衆』とか『週刊プレイボーイ』でヌードなんかも撮るようになって。週刊誌の仕事でしたから、いろんなものを。芸能人の写真とかね。

ーー石とは無縁の世界ですね。

立畑:でも50歳も過ぎたころに、体力的にこの仕事は長くはやれないだろうなと。やっぱりプロの世界はけっこう体力がいるんですよ。「どうしようかな」と思ってたときに、中野の飲み屋で偶然、前編集長と知り合いまして。「手伝ってくれないかな」って言うから、“渡りに船”みたいな感じで。

愛石
「輪舞」という銘がついた石を持つ立畑健児さん。この棚には「200万円で売って欲しい」と言われた石も。

ーーまったく違う業界に入ることに不安はなかったんですか?

立畑:よく「(被写体が)柔らかいものから固いものになっちゃった」って言うんですけど、不安はなかったですね。それまでフリーカメラマンをやりながら単行本の編集をやってたこともありましたから。当時は『愛石の友』という誌名でしたが、うちの親戚が製本屋をやっていて、そこで作ってた時期があるんです。だから「あ、この雑誌は見たことがある」というのもあって。

ーーなるほど。拾ってきた石も、基本的に「ヌード」ですからね。

立畑:石も人物と一緒なんですよ、撮り方は。いい角度とライティング。同じことです。「この角度がいい」っていう、石の表情がいいところを探すわけですから。違うのはシャッターを押す回数だけですね。

ーープロのカメラマンと仕事をすると、ここぞというときにだけシャッターをきっていて、さすがだなあと感心することがあります。

立畑:それでも人物の場合は、何十枚、何百枚と撮りますが、石は極端に少ないですよ。石をひとつ撮るとき、ライティングとアングルを決めたら、3枚くらいですから。露出を変えて3枚撮るだけです。

ーーそういう意味では、すんなりと石の世界に入れたんですね。

立畑:でも、驚いたこともありました。というのは、この本では、全国から石の展示会の写真を送ってもらって掲載するんですが、掲載にあたってお金をいただいているんですよ。それまでいた業界は逆で、写真を提供してギャラをもらっていたわけです。当たり前ですけど・・・。だから「こんな世界があるのか!」と思って、前の編集長に聞いたんですよ。「これ、お金もらうんですか?」って。「そうだよ」って当たり前のように言われましたけどね(笑)

愛石
(撮影:立畑健児)

「メディアのない趣味の世界は、衰退するだけ」

ーー石の雑誌を手伝うとき、いずれ自分が継ぐんだという“意志”はあったんですか?

立畑:ないです。ただ前の編集長は、当時85歳か86歳。しばらくすると、もう長くはできないことがわかったんで、途中から自分がやることになるなとは思いましたけどね。2006年の3月号から手伝い始めて、2008年の8月号からひとりでやるようになりました。誌名も『愛石』に変えて。

ーー前編集長とは「これからは頼むぞ」みたいなやりとりはあったんですか?

立畑:なかったですね。ないまま引退され亡くなられたので、自分がやるしかないなと。もう2年半経っていましたから、石の面白味がわかってきていましたしね。

ーー休刊したり廃刊したりすることは考えなかった?

立畑:「やめたらこの世界は終わりだな」って思いましたね。この本がなくなると、石の趣味の世界が衰退するだけだな、と。やっぱり趣味の世界で、マスメディアのない世界はダメだと思うんです。情報源でもありますし、愛好家同士をつなぐ役割もありますし。メディアのない趣味の世界は、衰退するだけだと思います。だから今、使命感を持ってやっています。

ーー『愛石』は月刊で、公称1000部。それでやっていけるものですか?

立畑:実際はもうちょっと少ないでしょう。献本する分があるので。さきほど話した、有料で掲載する部分があるので、なんとか食いついないでいけるんです。購読層が高齢化しているので、母数がどんどん減っていきます。

ーーしかし『愛石』には、若い女性ライターもいますよね。

立畑:山田愛さんですね。彼女のコーナーは人気です。山田さんは毎年やっている『愛石』主催の展示会にやってきて、ずっと石を眺めてたんですよ。変わってるなと思って話しかけたら、東京芸大の大学院に通っていて、実家は京都の石屋さんだと。知り合って1年くらいしてから、書いてもらうことになりました。彼女は水石界の「希望の星」ですよ(笑)

愛石
『InDesign』などを使ってひとりで『愛石』を編集している立畑さん

ーー雑誌の編集をひとりでやっていて、寂しいと思うことはないのでしょうか。

立畑:ひとりのほうがいいですね。気楽でいいやと思っています。本当は寂しがり屋だと思うんですよ。でも、こういう仕事の場合はひとりのほうが気楽でいい。5年前にガンの手術をしたときも、ノートパソコンを持ち込んで仕事してましたね。

ーーでもいつかは、次の世代に引き継がないと。

立畑:そこが問題です。まあ、もうちょっと頑張れるとは思うんですけど、これをひとりで作るっていう人がなかなかいないんです。写真を撮り、編集をし、誌面のデザインをし、ときには執筆もして、発送もする。これだけやれる人が。全国を探せば何人かいるのかもしれませんが、そういう人たちになかなか会わない。(筆者、土井に向かって)やりませんか?(笑)

ーー私も50歳になったら考えたいと思います(笑) お話をうかがっていると、若い人でも楽しめそうな趣味だなと思えるようになりました。

立畑:芸術的な感性を持っている人は入りやすいかもしれないですね。たとえば絵が好きだとか、写真が好きだとか。僕も「石は芸術だ」って思っていて、そういう石を求めています。人間、多かれ少なかれ芸術心があると思うんですよね。それが強い人には、石の世界に入っていただきたいですね。

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