「ナイトスクープ」を作った男が「マン・チン分布」にこだわった理由

「ナイトスクープ」を作った男が「マン・チン分布」にこだわった理由
『探偵!ナイトスクープ』を作った男・松本修さん(撮影・萩原美寛)

人間の身体にある大切なあそこ。つまりは「チン」や「マン」といった文字から始まる“アレ”を、日本各地でどのように呼んでいるのか。そんな疑問と真摯に向き合い、研究した成果をまとめた書籍『全国マン・チン分布考』(集英社インターナショナル)が、9月に発売されました。著者は、関西を中心に多くのファンがいる人気番組『探偵!ナイトスクープ』(朝日放送系)を「作った男」として知られる、テレビプロデューサー・松本修さん(69)です。

松本さんは今から25年前、番組に寄せられた投稿をきっかけに、日本全国で「アホ」や「バカ」にあたる言葉について入念に調査し、その分布図を作成しました。そして『全国アホ・バカ分布考 はるかなる言葉の旅路』(新潮文庫)としてまとめ、アホ、バカにあたる言葉の分布が「方言周圏論」にぴったりあてはまることを示し、言語学者らを驚かせました。

「方言周圏論」とは、民俗学者の柳田国男が提唱したもので、日本では、かつて都が置かれていた京都を中心として、同心円を描くように同じ言葉を使うという説です。

たとえば「アホ」は、京都を含む関西地方で集中的に使われていますが、「バカ」は「アホ」の地域を挟むように関東や岡山県などで使われています。京都からの距離という意味では、関東と岡山県はほとんど同じ。つまり「バカ」は、「アホ」より前に京都で使われていた言葉で、それが周縁地域に伝わっていったと考えられるわけです。

そんな考察を展開して注目を集めた松本さんが、「アホ・バカ分布」から20数年の時を経たいま、あえて「マン」と「チン」の分布にこだわったのには、どんな理由があったのでしょうか。

インタビュー後編:面白いと思うこと以外はやるな!「ナイトスクープ」を作った男の仕事術

「こんな言葉にこそ、日本人は品格と極上の愛情を注ぎ込んできた」

ーーまず、ここでは男女の“アレ”を、なんと呼べばいいでしょうか。

松本:男性の場合は「おちんちん」。女性の場合は「いわゆるオマタ」としましょう。

ーーしかしこの『全国マン・チン分布考』という本を読むと、松本さんは「オマタ」という現代的な呼び方を、完全に認めているわけではないように感じました。

松本:そうですね。では「世にいうオマタ」にしましょう。以降、すべて「世にいうオマタ」でお願いします(笑)

ーー松本さんが「おちんちん」と「世にいうオマタ」について調査を始めたのは、若い女性の視聴者からの投稿がきっかけですね。

松本:1995年、「探偵!ナイトスクープ」に、24歳の京都の独身女性から依頼がありました。東京のオフィスで、京都の母親が送ってくれたおまんじゅうがなくなったので、「私の『おまん』、どこにいったか知りませんか?」とたずねたところ、上司に笑われ恥をかいたと。そこで「全国アホ・バカ分布図」のように、その言葉について分布図を作ってほしいというものでした。

松本さんインタビュー02

ーー「アホ・バカ分布図」では、全国の教育委員会に手紙を送り、アンケート調査するという方法を取っていましたが、「おちんちん」と「世にいうオマタ」では、協力が得られにくかったのではないでしょうか?

松本:「アホ・バカ」の調査では、全国すべての教育委員会にアンケートを送りました。当時は「平成の大合併」の前でしたから、全部で3261カ所ありました。返信があったのは約40%でしたが、調査のあと、またすべての教育委員会に、調査結果をまとめた約100ページのパンフレットを送ったんです。そのなかに、300語くらいについてたずねるアンケートを入れておいたのです。

ーーそのなかに「おちんちん」と「世にいうオマタ」についての設問があったんですね。

松本:そうです。ちゃんと断りをいれておきました。「なかには尾篭(びろう=わいせつなさま)な言葉もありますが、これは民俗学的に極めて重要な言葉です」と。すると、また40%の教育委員会が返信をくれたんです。

ーー300語についてたずねたというのは、「おちんちん」と「世にいうオマタ」について聞くためのカモフラージュだったのでしょうか?

松本:いえいえ。ほかにも「ダメ・アカン」について調べたり、「面倒」の言い方について調べたりして、それぞれ分布図を作り、論文にまとめたり専門誌で連載したりしました。これは「方言周圏論」が「アホ・バカ」だけでなく、どんな言葉にも有効な理論であることを証明するためです。たとえば「ゆでたまご」の呼び方。滋賀県出身の僕らは「にぬき」といいますが、ちゃんと円を描いています。はい、いいえの「いいえ」、「帰る」、「めかす(おめかしする)」……。どんな言葉でも京都を中心に円を描いているんです。

松本さんインタビュー03

ーーでは、逆になぜ「おちんちん」と「世にいうオマタ」についてのみ、1冊の本にしたのですか?

松本:この言葉ほど、卑しいと思われている日本語はほかにないからです。特に女性のものを指す言葉がそうですよね。しかし、こんな言葉であっても、いや、こんな言葉にこそ、日本人は品格と極上の愛情を注ぎ込んできた。それを証明することが重要だと考えたのです。つまり、この言葉でなければならなかったのです。もっとも差別されてきた言葉ですからね。

「おちんちん」を指す言葉も「世にいうオマタ」を指す言葉も、かつての日本人は誇らかに使えたんです。女性も誇らかに使っていた。それは、「おまん」のように美しく品のある言葉だったから。明治時代以降の欧化の歴史が、すべてをめちゃくちゃにしてしまったのです。

「まら」の語源は僧侶の修行をさまたげる「魔羅」ではなかった⁉️

ーーこの本では、おちんちんを指す「まら」という言葉の語源にも疑問を呈されていますね。「まら」は、人の心を惑わせ、修行を妨げるという「魔羅」からきたものでは「ない」と。

松本:「まら」の語源が「魔羅」であるとするのを「漢訳梵語説」といいます。実は、この本は今年の2月に出す予定でした。しかし秋にずれ込んでしまったのは、まさにその「まら」の章が膨らんだからです。世にいうオマタについて研究しているうちに、「まら」の語源を示す資料が明らかに間違っていると気がついたのです。

というのも「世にいうオマタ」を指す言葉が、例外なく愛情のこもった言葉であることがわかったからです。「おちんちん」も同様で「シシ」という呼び方にしても「チンボ」にしても、親が愛情をもって名付けている。なのに「まら」だけが悪魔とみなされている。これはおかしい、と。

ーーそこから「まら」の語源を探っていくことになったんですね。

松本:かなり時間がかかりました。それでこの本では、南方熊楠が登場することになったわけです。近代以降、多くの学者は「まら」の漢訳梵語説を疑っていませんでした。しかし南方はその説に疑いを持っていたのです。あとは大野晋(国語学者)、堀井令以知(言語学者)、この2人だけでした。

松本さんインタビュー01

ーーそんななかで定説を覆すのは、とても勇気のいることだと思います。どのような心境だったのでしょうか。

松本:わくわくする気持ちと、喜びがありました。これまで誰も「まら」の語源を研究していないことはわかっていたんです。だって、論文がひとつもないんですから。もし論文がひとつでもあれば、それを読んで検証することもできたでしょう。しかし、あらゆる資料を探しても論文がないんです。何人かの言語学者の先生にも論文の有無を確かめてもらったけど、ない。となると、自分で考えるしかないわけです。ゼロから考えてみると、漢訳梵語説は「あり得ない」という結論にたどり着いたわけです。これにはわくわくしましたね。

ーーそこに至るまでに、調査にはお金をかなりつぎ込んだと聞きました。

松本:この20数年間に、アンケートを送ったり、まとめたりしてもらうアルバイトに支払うバイト代として約3000万円を費やしました。さらにこの本を書くために、家にあった本をほとんど実家に送って本棚を空っぽにしたうえで、ネットで資料を購入して集めました。「マン」「チン」に関するものだけで数10万円分、そのほか言語学の本や、あらたに分布図を作ってもらうアルバイト代などを含めると400〜500万円使っています。そうなると、50万部は売れないとトントンにならないわけです。

ーーそこまでして松本さんが「マン」「チン」にこだわったのはなぜでしょうか。

松本:日本の文化を、歴史を、言葉に残す。日本の言葉の歴史を解明する使命を帯びている。そんな風に感じているんです。だから「これを書いておかないと死ねない」という気持ちでしたね。

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