友人の結婚式でひとりぼっち 「昔の仲間は僕だけだった・・・」

友人の結婚式でひとりぼっち 「昔の仲間は僕だけだった・・・」
乾杯の挨拶で「すべる」(イラスト・古本有美)

かつてのバイト仲間が教え子と結婚

たったひとりでいて孤独を感じる時や、全く知らない人の中にひとりでいる時よりも、知らないわけでもない人が混じっている時の方が孤独感は増すものです。それが楽しいイベントであればなおさらでしょう。

少し前に友人の結婚式に出席しました。大学時代の塾講師のバイト仲間で、もう一生独身で過ごすのではないかと思われていた男がついに結婚。しかも教え子と。彼の名誉のために一応言っておくと、結婚相手はバイト時代の教え子ではあるものの、その当時は何もなく、15年ほど経ったのちに、とあるきっかけで再会したのが縁です。

私は大学卒業と共にそのバイトをやめ、なんとか就職しましたが、彼は塾講師が天職だったため、そのままバイト先の塾に就職し、今に至っています。学生のバイトとはいえ、かなりのめり込んだ仕事でした。それこそ自分の大学の授業はそっちのけで、毎日、塾で教える授業の準備をしていたものです。そんな時代を共に過ごした彼の結婚式にお誘いいただいたので、喜んで出席することにしました。

挙式が近づいてきた頃、お願いがあるんだけどと言われ、何かと思ったら乾杯の挨拶をしてほしいとのことでした。人前で話すのは極力避けたいとは思いましたが、特に断る理由もないので何の気なしに引き受けました。ただその時、心のどこかで何かが引っかかっていました。

当時の塾講師仲間で、私よりも先にその仕事をしていて、かつしゃべりにも長けている人が数人いるはずなのに、そもそもなぜ私に頼んだのか。きっと話し上手の人にはスピーチでも頼んでいるのだろうと勝手に解釈していたのですが、今思えばそこで気づくべきだったのです。当時の仲間で、結婚式に出席するのが私だけだということを。

当時の仲間で参加するのは私だけだった

いよいよ挙式が迫ってきた頃、当時の仲間たちから久しぶりにLINEがきました。「あいつが結婚するらしい。結婚祝いに何か贈らないか?」という内容でした。式の当日にご祝儀を渡すからそれでいいのではと返すうちに、ひとりは市民マラソンに出るために欠席、ほかの人はそもそも呼ばれていないことを知りました。

そこで、念のため主催者である新郎に聞いてみると、当時の塾仲間で出席するのは私だけだということを伝えられました。なんというアウェー感でしょう。「でも、当時の教え子も来るから!」。いやむしろ、誰も知らない方がまだマシというものです。

さていよいよ当日、式が始まる前の待合場所に行くと見事に知らない人たちばかり。そこは、大きな丸テーブルが5、6くらい備えられている場所だったので、とりあえず誰も座っていないテーブルにぽつんと座って出されたお茶を飲んでいると、新婦の友人たちが現れました。

彼女たちはかつての教え子たちです。当時は中学3年生でしたが、あれから15年ほど経ち、もう30歳を超えた頃でありましょう。昔の面影はありますが、やはりそれなりに大人になっていました。

彼女たちは私には全く気づかずに隣のテーブルで談笑しています。そりゃあ、私がここでひとりでお茶を飲んでいるなんてまさか思うわけもありません。そろそろ時間となり教会へと移動するタイミングで、いずれバレるので彼女たちに声をかけてみたところ、ありがたいことに私のことを覚えていてくれました。ただ、直接クラスを受け持っていたわけではなかったので、それほど会話も弾まずにすぐ収束しました。でも、覚えていてくれただけでも心強い。

司会者に「取っておきのネタ」をもっていかれる

教会での誓いの言葉や賛美歌といった儀式を一通り終え、ついに披露宴が始まりました。もはや恐怖の会合でしかありません。

乾杯の挨拶でどんなことを話すか、事前に簡単な台本は作っておきました。今回の参列者の中で、15年前の学習塾時代の新郎新婦と、今に至る新郎新婦のなれそめを知っている人物は私と新婦の親友だけだったので、そのあたりの話を簡潔にまとめていたのです。

教師と教え子だった時には何もありませんでしたが、15年後、とあるきっかけで二人が再会することになりました。その時の会合になぜか私も呼ばれて参加していたのです。その時は単なる飲み会で終わりましたが、その後二人はいつの間にか愛をはぐくんでいたのです。

この辺の経緯を2分程度で話せるよう簡潔にまとめ、念のためスピーチの練習もして臨んでいたのですが、披露宴が始まり新郎新婦が入場するやいなや、司会進行役の女性が二人のなれそめを語り出したのです……!

それはまさに、私が話そうと準備していた内容と瓜二つでした。もはや、私の話に何の新奇性もなくなりました。万事休すとはこういうことを言うのだな、とつぶやきながら、乾杯の挨拶へと向かいました。

今になって思えば、もうエピソードトークはあきらめてさっさと乾杯の発声をすれば良かったのでしょう。なのに私ときたら、何かしら気の利いたことを言わねばと、用意していた物語を膨らませようと画策しました。

しかし、話せば話すほど場がしぼんでいくのが手に取るようにわかりました。ああ、これを「すべる」というのだなあと、焦ってしゃべりながらも幽体離脱したもう一人の自分が冷静に己を眺めているのが分かりました。

その後、席に戻った自分が誰よりもひとりぼっちだったのは、言うまでもありません。

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