渋谷駅前で「大阪人嫌い」という貼り紙をしていた「似顔絵描き」の記憶

渋谷駅前で「大阪人嫌い」という貼り紙をしていた「似顔絵描き」の記憶

3年ほど前のある夜。ひとり飲んだ帰り道で、「関西人嫌い」と書いた紙を掲げた路上の似顔絵描きを見かけました。彼は、東京・渋谷センター街のゲート近く、地下鉄の渋谷駅に通じる出入口あたりに座り込んで、客を待っていました。

筆者は、滋賀県出身。他府県の関西人ほど「こてこて」ではありませんが、一応、関西人です。「滋賀県民は関西人ではない」という大阪人や京都人からの指摘には、長年「琵琶湖の水を止めるで!」とあらがってきた身です。この日は「東京には変わった人がいるもんだなあ」と、前を通りすぎて帰りました。

貼り紙が「関西人嫌い」から「大阪人嫌い」へ

それから1週間後。また渋谷でひとり飲んだ帰り道、センター街入口の同じ場所に、彼の姿がありました。怖いもの見たさで近づいてみると、「関西人嫌い」の貼り紙が「大阪人嫌い」に変わっていました。

路上の似顔絵描の思い出_4
「大阪人嫌い」という貼り紙

彼の「嫌い」ターゲットからはずれたようなので、思いきって話しかけてみました。

「この前は『関西人嫌い』だったのに、なぜ『大阪人嫌い』に変えたのですか?」
「僕、京都出身なんです。『関西人嫌い』だと、自分まで含まれちゃうなと思って……」

思わず、笑ってしまいました。

彼の名はジョウさん。当時、30代なかばでした。路上で似顔絵を描くようになって12年が経つとのことでした。筆者は酔っていたこともあって、気になっていたことをたずねてしまいます。

「似顔絵だけで食べていけるのですか?」

いま思えば、かなり失礼な質問です。

「ギリギリですけど、生活できています」

ジョウさんは教えてくれました。妻や幼い子供もいるそうです。

思ったことを表現せずにはいられない性格

しかし、路上での商売は難しいようです。「ときどき通報されるんですよ」。警察官がやってきて「近所から通報があった」と告げられると、その日は店じまいをして帰らざるを得ないそうです。

「僕は通りがかりの大阪人が怪しい(=通報している)とにらんでいます」と、ジョウさん。

だったらなおのこと「大阪人嫌い」なんて書かなければいいのに。そう思うのですが、ジョウさんは言います。「こういう性格なんです。どうしても言いたくなってしまう。だから会社勤めに向かなかったんでしょうね」。

ジョウさんには、大阪の出身者は競争心が強いというイメージがあるらしく、そこが苦手なのだとか。ときどき貼り紙を見た大阪出身者が、哀しげな表情で「なんでなん?」と話しかけてくると笑っていました。

路上の似顔絵描きの思い出
筆者も似顔絵を描いてもらった

思ったことを表現せずにはいられない性格は直しようがないみたいでした。「人の反感を買いやすい会社勤めは、僕にとって“極刑”と同じこと。ジョウさんがそう語っていたのを、今でもおぼえています。

そんなジョウさん。言葉を交わしてから1カ月もしないうちに、渋谷で見かけなくなりました。

定位置としていた地下鉄出入口あたりが、工事で使えなくなったせいかもしれません。近くで若い人たちがパフォーマンスをするようになったので、いづらくなったからかもしれません。いずれにせよ、あれからもう2年以上、会えていないのです。

しかし、彼が絵を描くのをやめて、どこかの会社で働いている姿は想像できません。それはジョウさんにとって何よりつらいことなのですから。

そういえば、ジョウさんは「似顔絵を描き始めたのは、ひとりでドイツを旅行していたときです」と言っていました。今度は妻や子供を連れて、似顔絵を描きながら世界を旅しているのかもしれません。

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