「おしゃらく」やってたヤツは全員ヤバかった!「民謡DJ」がハマった謎の芸能

「おしゃらく」やってたヤツは全員ヤバかった!「民謡DJ」がハマった謎の芸能

「ジジイババアの声は最高だな!」と、日本の民謡に魅せられたDJユニット「俚謡山脈(りようさんみゃく)」。DANROに掲載したインタビュー記事が大きな反響を呼びました。メンバーである佐藤雄彦さん(42)と斉藤匠さん(38)の2人は、東京・新宿でのクラブイベント「Soi48」に定期的に出演しながら、独自に民謡の収集・研究をすすめています。

【インタビュー】「ジジィババァの声は最高だな!」民謡DJが発見した「ヤバい音楽」

彼らがいま注目しているのが、東京に残る芸能「おしゃらく」。11月末には自分たちで監修したCD、その名も『おしゃらく』(エム・レコード)を発売する予定です。「おしゃらく」とはいったいどういう音楽なのでしょう。ぜひ教えてほしいと連絡をとると、「近く、おしゃらく保存会の50周年記念公演があります。そこでお会いしましょう」と返事がありました。

10月21日午後、東京・江戸川区にある葛西区民館を訪れると、会場となるホール(客席数501)は、年齢が高めの「おしゃらくファン」で満席。立ち見客も数十人いました。佐藤さんによると、午前から行列ができていて、開場時間が早められたそうです。

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葛西おしゃらく保存会創立50周年記念公演

葛西おしゃらく保存会」は、俚謡山脈の2人が「師匠」と呼ぶ藤本秀康会長(74)が50年前に創立した会です。この日の記念公演には江戸川区長も駆けつけ、約3時間、三味線や鉦(かね)に合わせて踊る「おしゃらく」が披露されました。しかし、細やかな手の動きで魅せる演目もあれば、赤ちゃんの人形を背負って踊るコミカルな演目もあり、なにをもって「おしゃらく」というのか、よくわかりません。

終演後、俚謡山脈の佐藤さんと斉藤さんにあらためて話を聞きました。

「おしゃらく」はジジイババアが「JOY」のためにやっている

ーー「おしゃらく」とは、いったいなんなのでしょうか?

佐藤:「おしゃらく」っていうのは、ふつうの民謡とは違うもので。かといって、神楽とか、獅子舞っていういわゆる郷土芸能ともちょっと違っている。聴いてもらったのでわかると思いますけど、最初はなに言ってんのかわかんねー歌ですよね。「あははん、うふふん」みたいな。あれが特徴で。

以前インタビューをお受けしたとき、「民謡のかっこよさ」って、石を割るときに歌うとか、田植えをするときに歌うとか、労働と結びついていることがかっこいいって話したんですけど、「おしゃらく」はそれとは違うんですね。「JOY」のため、楽しむためにやっている。

斉藤:JOYはJOYでも、もともとは披露するためじゃなくて。「この演目は俺がやるけど、次はお前のを見るぞ」っていう、仲間内の「JOY」ですね。

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かつての「おしゃらく保存会」のみなさん(提供:藤本秀康さん)

ーー「おしゃらく」というジャンルだと考えればいいのでしょうか?

佐藤:「芸能の形態のひとつ」っていうんですかね。関東、特に南関東にこの芸能が分布していて、葛西や千葉県の浦安では「おしゃらく」って呼んでるんですけど、埼玉のほうだと「万作」っていう似たものがあって、茨城には「小念仏」って呼ぶものがある。

斉藤:本当の念仏が「大念仏」だとしたら、そのまねごとだから「小念仏」なんですね。

佐藤:昔、村の年寄りたちが定期的に集まって、飯を食ったり酒を飲んだりする「念仏講」っていうのがあって、その念仏講がこの芸能の母集団になっています

斉藤:「念仏を唱える信心深い集まり」っていうのにかこつけて、ジジイババアが楽しむ会があったんです。とりあえず念仏はやっといたから、あとは飯を食ったり踊ったりするぞっていう。

佐藤:リクリエーション会ですね。似たようなことを向こうでは「万作」と呼んでいて、こっちでは「おしゃらく」と呼んでいる。

ーー「昔」というのは、いつごろの話ですか?

佐藤:念仏踊り自体のルーツは、天保年間(1831年〜1845年)とか、弘化年間(1845年〜1848年)とかいわれていますけど、それが庶民の芸能として取り入れられて、三味線が入ってっていう、いまのかたちの「おしゃらく」になったのは、江戸末期から明治に入ってからでしょうね。

葛西おしゃらくの舞台(第49回 東京都民俗芸能大会より)

ーー今日の公演で「おしゃらく」の歌と踊りをいくつか観ましたが、「万作」にも同じ演目があるのですか?

斉藤:そうです。歌舞伎にも同じ演目があるのと一緒ですね。

佐藤:たとえば、歌舞伎でも「鈴木主水(すずきもんど)」を題材にした演目があって、盆踊りでも「鈴木主水」を題材にしたものがあっていう風に、ひとつの題材をいろんな形態でやってるんですけど、それと同じで「おしゃらく」でも共通の演目がいろいろあるんですよ。

「新川地曳き」では、新川の網元の娘がどうのこうの、「白桝粉屋」は、粉屋の娘がどうのこうのって。それがいろんな地域に伝播して、ここ(葛西)でもやられてるし、神奈川でも、埼玉でもやられている。

ーーそれらはなぜ、広がっていったのでしょうか。

斉藤:なんでかっていうと、今日の公演でも「飴屋」がいっぱい出てきましたよね。

佐藤:(会場でのデモンストレーションで)飴(アメ)を配ってた。

斉藤:昔は、ああいう遊芸人っていうか、定着しないで、いろんなところで芸を披露する人がいたんですよね。飴を売るっていうのは口実で、お金をもらうからなんかあげなきゃなっていうレベルのもの。本当は自分たちの「芸代」なんですよ。その人たちがいろんなところに旅しながら、芸を落としていった。それのまねごとなんです。

佐藤:要はね、これがすごく流行ったんですよね。ブームだった。たとえば「万作」って、念仏踊りの流行より先にあったものです。豊年満作のレセプションっていうか、踊ってリクリエーションすること自体はもともとあった。そこに念仏踊りみたいなものが注入されて、「これイケてるな」みたいな感じになった。

斉藤:何がイケてるかって、今日の衣装もそうなんですけど、当時としては彩りがドギツイものだったんですよ。「すげーな。こんなの着ちゃっていいの?」っていう。男が顔に白塗りして踊るとか。

佐藤:女の人が「ボテ鬘(かつら)」っていって、でかいカツラを着けて踊ったりとかね。デフォルメされたもんなんですよね。たぶん当時からして、出てくるだけで爆笑みたいな感じだったと思います。

斉藤:だからこそ、ここでは「おしゃれ」が語源で、「おしゃらく」っていうんですよ。

「全部おしゃらくのスジにつながってるんだ!」

ーー「おしゃらく」ならではの特徴ってあるんですか?

斉藤:「おしゃらく」には三味線が入っていて、埼玉の「万作」は鉦(かね)だけですごくシンプルにやる。いろんな違いがあるんですよ。おんなじ演目でも、曲調が変わっていたり。

佐藤:「おしゃらく」のサウンド的な魅力は三味線なんですよね。この芸能の筋(系統)のなかで一番豪勢っていうか。全部入りみたいな。

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「おしゃらく」の演奏をする人たち(提供:藤本秀康さん)

斉藤:そもそも民謡に三味線は入っていなかった。民謡に三味線が入ったのは、昭和のブームになってからなんで。

佐藤:それが「おしゃらく」では、明治時代から三味線が入っていた。みんながフォークギターしか持ってないところに、エレキギターを持った人が入っていったみたいな。

斉藤:相当イケてるんですよ。当時、最先端の人たちなんです。

佐藤:江戸の流行り歌を取り入れて、三味線を入れて。みんなで集まってやったってのは、相当最先端ですよ。

斉藤:クソリア充だし、クソ陽キャ(陽気なキャラ)なんです。どう考えても。

ーー「おしゃらく」については、なんとなくわかってきました。おふたりは、どうしてここにたどり着いたんですか?

佐藤:これがけっこう偶然なんですけど、実家に帰ったら(保存会の藤本会長の著書である)『おしゃらく』(イースト・プレス)があったんです。今日の演目にあった「白桝粉屋」。あれは宮城の粉屋の歌で、俺は岩手県の千厩(せんまや)町ってところの出身なんですけど、そのあたりは「おいとこそうだよ」っていう、「おしゃらく」がルーツになった民謡がめちゃくちゃ盛んな土地で。

斉藤:岩手県南部と宮城県北部の地域に、葛西の「おしゃらく」が伝わっているんです。

佐藤:俺、民謡DJをやるまで、それを知らなかったんですけど。3年くらい前、親父から「お前、こういうの好きなんじゃない?」って渡されて読んでみたら、「やべーな、この本」みたいになって。著者に会いに行こうってなったんです。電話で「今から行きます」って。そこで「『おしゃらく』ってなんですか」ってところから、いろいろお話をうかがって。

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斉藤:僕らは「おしゃらく」からバラバラになった「形を変えた民謡」っていうのを、点では知ってたんですよ。

佐藤:「これ、全部おしゃらくの筋(系統)につながってるんだ!」みたいな。聴いてみたら普通の民謡じゃないし。「なんかおもしれーな」って話になって。

斉藤:師匠が監修した『おしゃらく』(キングレコード)のレコードを聴くと、いまの人たちの歌ももちろん面白いんですけど、明治生まれの人たちの、やっぱり声に圧倒されて。

佐藤:すげー破壊力なんです。

斉藤:前のインタビューでは、「ジジイババアの声は最高だな」って言葉がパンチラインになりましたよね。

佐藤:あれはもう、このレコードを思い浮かべての話で。

斉藤:三味線も、民謡でいうところの三味線の弾き方ではなくって。

佐藤:踊りもやっぱヤバいんですよ。尋常じゃない感じ。

ーーそれでCDにして出そうという話になった。

佐藤:ヤバすぎるから「いつか出してー」って思ったんですよ。でも、レコードをそのまま出すのは、権利関係でうまくいかなかったんです。それで「どうする?」ってなって。

斉藤:師匠が「俺んとこにあるやつ(テープ)でもいいの?」って。

佐藤:それを聴いたら、レコードに入っているやつより、歌がいいやつが多いんですよ。

斉藤:でも、師匠と会って話を聞いてると、情報がどんどん出てくるんです。あふれ出ちゃって、それを消化するのに3年かかってしまった。

佐藤:師匠が録音したテープが100本レベルであって。「映像もあるよ」とかね。

斉藤:師匠はほんと怪物で、なんでも知ってるんですよ。土地のことについてはもちろんご存じなんですけど、邦楽家なんで、民謡ブームの頃にテレビ番組の伴奏をしている。草津温泉の芸妓さんの見番(けんばん)に稽古をつけにいくこともあって、話がどんどん広がっていく。

佐藤:邦楽全般に詳しい。たとえば「おしゃらく」の「細田の川」って演目のストーリーが、俗曲の「ずぼらん」って曲の元になってることだとか、そういうこまごましたことから。全部芸能の筋につながっているものなんで、そういう話を聞いているうちに3年がたっていた。

ーー結局、CDやレコードにする話はいつごろ動き出したのでしょう。

斉藤:正直、話をしたのはごく最近で。

佐藤:師匠自身、俺たちが「民謡DJ」だって知ったのは、今年だからね。

斉藤:そもそも、DJってものを理解されていないと思う。

佐藤:「なんか民謡に熱心な人がよく家にやって来るな」みたいな。

斉藤:今の時代、そういうことを知りたがる人は少ないみたいで。師匠は藤本流の三味線のお稽古をつけられていて、三味線が上手くなりたい人はいるんですけど、歌について知りたい人はあまりいないらしくて。

佐藤:俺らは別に、三味線が上手くなりたいわけじゃないんで。

斉藤:曲のこと、曲そのもののこと、裏側のこと、その音のかっこよさを知りたい。それを珍しいと思ってくれたのかもしれないですね。

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おしゃらく保存会の会長で俚謡山脈が「師匠」と呼ぶ藤本秀康さん(中央)

スター性のあるヤツらが集まって、夜な夜な遊んでた

ーーCDに収録した演目はどのように選んだんですか?

斉藤:師匠が20代のとき(1960年代)に録音したもので、そのときその土地で歌をおぼえている人を全員集めたようなものなんです。でも、歌をおぼえていただけの人でも、僕らからすると全員ヤバいんですよ。だから、「おしゃらく」やってたヤツが全員ヤバかったとしか思えない。

佐藤:演目によって、この歌は金造さんとか、「鉄火節」は藤代伝八さんだとか、得意とする演目があって、それぞれ得意とする演目が一番多く残ってる。そこから音質なんかを見て、ベターなやつを選びました。

「おしゃらく」は1曲が長いんで、できるだけオリジナルのまま残ってるやつを優先したっていうのもあるし、歌詞を残すためだけに録音したやつとか、歌しか録ってない場合もあって、鉦とか三味線が入っているやつを選んだっていうのもある。いろいろ基準はありますけど、どれも「声がいいやつ」を選んだつもりです。

斉藤:僕らはこれまで、民謡1曲に絞ってCDを出すっていうかたちだったんで、こういうやり方が初めてなんですよ。やっぱりやってみると、アーカイブ的な意味でちゃんと残すことに重点を置かざるを得ないんです。

佐藤:録音した年代が近くなるようにするとかね。わりといい歌で、比較的新しい録音とかもあったんですけど、できるだけ古いのを残したいというバイアスも働いています。

ーーとなると、録音状態が悪いものがあったのでしょうか。

斉藤:ありましたし、(二枚組CDの)ディスク2に収録した「民謡」に関しては、録音の途中にヘリコプターが飛んじゃっているものがあったり、おばあちゃんが卑猥な歌詞を歌うんですけど、つい笑っちゃう声が入っていたりとか。

でも、「民謡」のほうに収録した歌は、歌っている人の名前がわからないんです。恥ずかしがって名前を名乗らなかったっていう感じなんですね。その時代、いわゆる普通の人で民謡を歌う人は「名を名乗るほどの者じゃない」っていう意識があって。歌は歌うけど、俺のことは残してくれるなっていうスタンスが基本なんですよ。一方で、俺が歌うし、俺が全面に立つぞっていうのが「おしゃらく」なんですね。

佐藤:オールスターなんです。

斉藤:一般の素人なんですけど、そのなかでも相当スター性があるヤツらが集まって、夜な夜な遊んでた。

佐藤:そういう意味でも、民謡の「アノニマス(匿名)の魅力」ってのとはまた違うんです。「おしゃらく」はタレントの魅力なんです。だから今回のCDでは、歌ってる人の顔を全部ライナーノーツに載せています。「おしゃらくオールスターズ」を。

ーーこのCDで「おしゃらく」を後世に残したいという思いがあるのでしょうか。

斉藤:僕らは今日ハッピを着て、保存会の中の人っぽくやりましたけど、保存会にめちゃめちゃ肩入れしてやりたいわけじゃないんですよ。ここに限っていえば、僕らがやろうがやるまいが、ちゃんと残すかたちができているんで。あとは表面のかっこよさをかっこいいと思うかどうかだけなんで。

佐藤:ただ「おしゃらく」ってわかりづらい形態なんで、「これを聴きゃわかるよ」みたいなものが1コあるといいなとは思ってたんです。その点に関しては「残したい」っていう気持ちで作りましたね。

ーー藤本会長が精力的に活動されたおかげで、「おしゃらく」はちゃんと残っている。

斉藤:相当エネルギッシュだったと思います。20代で、三味線奏者としてのエリートコースを歩む途上で、保存会の活動も始められていて。民謡ブームがくるころで、藤本流っていうのがどんどん大きくなっていく。それと同時に地元のことをすくい上げているっていう。

佐藤:そんなことをしながら三味線をやっていたり、民謡をやっていたりする人なんて、なかなかいないんですよね。『おしゃらく』のレコードにしても、おそらく金にはなっていないでしょう。でも師匠がやってくれたおかげで、いま俺らも「おしゃらく」とつながった。

斉藤:師匠がおっしゃっていますけど、20代の若造が訪ねていったとき、おじいさん、おばあさんが話を聴いてくれたから、おしゃらく保存会ができたって。まわりまわって、僕らも師匠に対して、似たようなことをやっているんですよね。

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