神出鬼没「屋台バー」 バカラのグラスにそそぐ酒の代金は「お客さんが決めて」

神出鬼没「屋台バー」 バカラのグラスにそそぐ酒の代金は「お客さんが決めて」
ブランデーを注ぐ神条昭太郎さん

条件1:自分の世界観を表現できること

条件2:自由度が高いこと

条件3:生活のためのお金が稼げること

神条昭太郎さん(46)は、これらの「条件」を満たす仕事を追い求めた末、東京都内に「屋台バー」を開きました。いまから12年前のことです。

「たとえば、音楽で食べていこうとしている人なんかもそうでしょうけど、どれかをとると、ほかの何かをあきらめざるを得なくなる。でも規模を極端に小さくすれば、できるはずだと考えたんです」(神条さん)

店の名前は「TWILLO(トワイロゥ)」。神条さんの造語で「音の響きでだけ決めた」そうです。もとは東京・青山の決まった場所に出店していましたが、屋台を引く「リヤカー」に本来の働きをさせたいと、ひとりで“冒険”(神条さんは屋台の移動をこう呼ぶ)の旅に出ました。取材したこの日は、ちょうど冒険2800日目。冒険は7年半におよびます。

どこで店を開くかは、その日の気分次第

開店時間は23時ごろ。神条さんは屋台をひいて、気分次第で開店する場所を決めます。ひと晩じゅう同じ場所にいることもあれば、別の場所に移動することもあります。

屋台バーがどこで営業しているかは、開店の直前、神条さんのツイッターで告知されます。たとえば、こんな感じです。

『西郷橋』。。冒険2800日目。旧山手通り沿い、代官山。。西郷山公園の入口あたりにいます。今宵はここでゆったり葉巻でも燻らせるといたしましょう。。題目は「しや」。香りを聴き。。音を観る(ニヤリ)。。。」

題目とは、夜ごと店に掲げられるテーマで、「お客さん同士がこの言葉について語り合う日もあれば、誰ひとり触れないこともある」といいます。

屋台バー「TWILLO(トワイロゥ)」
「TWILLO(トワイロゥ)」は深夜ににぎわう

「TWILLO」で飲めるお酒は、基本的に1種類のみ。リンゴのブランデー「カルバドス」(フランス)でした。おつまみはなく、酒の種類は前日と変わることもあれば、変わらないこともあります。

お酒は高級ブランド「バカラ」のグラスで提供されますが、細く背の高いワイングラスもあれば、手が小さい人では持ち上げられないような大きな器で出されることもあります。神条さんがそのときの気分で選んでいるようです。

「屋台なので、プラスチックのコップでお酒を出してもがっかりする人はいないと思うんです。まあそうでしょうっていう。そうやって当たり前だと思っていることを、いい意味で裏切りたかったんです」と、神条さん。割れてしまったグラスは、「TWILLO」のカウンターをほのかに照らすキャンドル置きとして使われています。

屋台バー「TWILLO(トワイロゥ)」
割れたグラスはキャンドル置きに

銀行員、フリーター、議員秘書……いくつもの職を経て

23時30分ごろ、この日最初のお客さんが来ました。ポルトガル人の女性とセルビア系の男性の2人組で、「TWILLO」に来るのは初めて。店のことは友人から聞いていて、興味があったそうです。下町の工場に発注したというリヤカーや、宮大工が作ったという屋台部分について、神条さんと会話がはずみます。

お酒を1杯ずつ飲んだ2人が帰ろうとすると、神条さんは「料金を決めていないんです」と告げ、2人を驚かせます。「決まった場所もないし、お酒も1本しかない。ないないづくしで、料金も決まっていません」(神条さん)。客は皆、思い思いの代金を渡すシステムなのです。

0時をまわったころから、お客さんが増えてきました。たまたま通りがかった男性、自転車で屋台バーに通い続けているという常連の女性、さまざまです。近くの自販機で買ったミネラルウォーターを「チェイサー」として飲みながら、少しずつお酒を味わう常連さんもいました。神条さんによると、終電がなくなった時間から店が混みだすとのことです。

屋台バー「TWILLO(トワイロ)」
街角で営業する屋台バー「TWILLO(トワイロゥ)」

大学を卒業後、銀行に就職した神条さん。2年ほどで辞めてしまい、数年間はフリーター生活を送っていました。その後、国会議員の公設秘書を務めたこともあるという変わった経歴の持ち主です。30代なかば、「自分だけの力で食べていこう」と決心してたどり着いたのが、この屋台バーのマスターという仕事でした。

「子供のころ、大人になったときにこんな変わった仕事に就いていると想像しましたか?」

神条さんにたずねてみました。

「想像はしてなかったんですが、この前、小学校のときの卒業文集を見たら、『将来の夢』の項目に『冒険家』と書いてあったんです。もしかして、やりたかったことがかなっているんじゃないかなと思っています」

昔、常連さんに勧められたことがきっかけで、ハマってしまったという葉巻をくゆらせながら、神条さんはそう語っていました。

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