亡きマスターの思いが込められた喫茶店 クラシックが流れるステキな空間だった

東急東横線・学芸大学駅近くにある「平均律」は、商店街から一本横道に入った場所にたたずむ喫茶店。木製のドアを開けて店内に足を踏み入れれば、店主の有賀えりささんが温かく迎えてくれます。そこは、クラシック音楽の流れる素敵な空間でした。

クラシック音楽が流れる空間

昭和初期の古民家から集めたパーツでデザインされた温もりのある内装

「平均律」とは、クラシック音楽に用いられる音律のこと。その名を冠したこちらのお店では、バッハの平均律を中心としたクラシック音楽が流れています。

ひとりの時間を楽しみたい人も快適に過ごせる静かな雰囲気で、音楽を聴きながら読書を楽しむのにぴったり。

ひとりで訪れる人が多いので、お客さん同士で意気投合することもあるそうです。「音楽や写真、本などが好きな方はすぐに仲良くなれますよ」(えりささん)

えりささんとマスターの出会い

ステンドグラスで飾られた観音開きの窓

平均律はもともと原宿にあり、コーヒーとバロック音楽のお店でした。マスターは、えりささんの亡き夫の有賀雄平さん。お店を始めるきっかけとなったのは、サラリーマン時代に訪れた香港のバー。ピアノを演奏するアーティストを囲むようにして、皆がお酒を傾ける雰囲気が素敵だと思ったそうです。

カウンター席では、他の客と話すのもよし、ゆっくり読書をするのもよし

そんな雄平さんとえりささんが出会ったのは、1980年代の原宿。当時20代のえりささんは、表参道のクレープ屋でアルバイトをしていました。

ある日、お昼休みに何気なく入ったのが、当時30代の雄平さんがマスターをつとめる平均律でした。美術や音楽を学ぶ大学生たちが、好きなアーティストの話をしたり、恋愛の話をしたりしながらクラシック音楽とコーヒーを楽しむ光景が印象的だったといいます。

マスターの雄平さんは、えりささんが児童文学作家を目指していることを知ると、相談に乗ってくれるようになり、「えりささんの感性は素晴らしい」と応援してくれたそうです。

当時からの常連客は、マスターの雄平さんについて、次のように振り返ります。

「マスターは、騒がしいお客さんに注意したり、政治に関心がない学生を叱ったりと、怖くて厳しく見えるけれど、コーヒーカップのブランドやクラシック音楽についてたくさん教えてくれた」

雄平さんは女性にモテモテだったそうですが(えりささん曰く)、胃袋をつかんで交際を開始。クレープ屋と掛け持ちでお店を手伝うようになりました。そして半年後にはプロポーズ、以来25年以上、一緒に平均律を育てていきました。

カウンター奥には半個室も

原宿から学芸大学へ

平均律は原宿で10年間営業しましたが、土地の立ち退きを理由に閉店。えりささん夫妻は、一度飲食業を離れることになります。しかしその後も、お店の復帰に向けて、お菓子作りの勉強などを続けていました。

そして閉店から約10年、平均律の復帰を決めたマスターの雄平さんは物件探しを開始。休みのたびに中央線や東横線の駅を一駅ずつ降りて物件を探しました。「駅からお店へと続く路地が、原宿のお店の雰囲気と似ている」という理由で、いまの場所に決めたのだそうです。

「その日は春なのに気温が低く、目黒川の桜の上に雪が積もっていた情景を今も覚えています」(えりささん)

平均律を愛し、育ててきたマスターの雄平さんですが、2017年に病気のため他界しました。しかし、えりささんはお店を畳むことは思い浮かばなかったということです。えりささんにとって平均律は、原宿から学芸大学へと、人生を一緒に歩んできた「子どものようなもの」だからだそうです。

常連客に愛されるお店

そんな学芸大学の平均律には、近くにお住まいの方はもちろん、原宿時代によく通っていた学生が時を経て、パートナーや子供と一緒に訪れることも多いのだとか。

「今まで常連さん同士で結婚したカップルが5組。知らない間に付き合っていたりして(笑)」

左から、オランダ、アフリカ、ハワイ、神戸、スイスのスプーン

カウンターにはスプーンの束がどっさり。「海外出張や旅行のお土産にお客様からスプーンをいただくことも多いんですよ」

お店に通う方々とお話をすると、とても和気あいあいとした雰囲気で、旅の写真やお土産話を聞きながら、すっかり長居してしまいました。

メニューは全て手作り

ポットを上下させながら点滴のように淹れるのが、おいしいアイスコーヒーを淹れるポイント

「注文をいただいてから、一杯ずつ作るのは当たり前のことだと思っています」

ドリップコーヒーを作り置きしているお店も多いなか、全てのドリンクを一杯ずつ淹れてくれます。

丁寧に淹れられたアイスコーヒーは澄んだ色をしていて、表面にちょこんと乗ったホイップクリームと自家製のシロップが優しい甘さを添えています。

コーヒー豆は、日本で初めて炭火焼きのコーヒーを考案した神戸の「萩原珈琲」のもの。香ばしい香りとしっかりとした苦みが感じられ、深い味わいです。コーヒーのほかに紅茶と中国茶があり、どのお茶も品質の高い素材を使用しています。

カスタードプリン(400円)とディンブラ(700円)

お菓子は全てえりささんの手作りで、時期や日によって用意されているものが変わります。何があるかは訪れてからのお楽しみ。

カラメルがほろ苦く甘さひかえめなカスタードプリンや、映画『クレイマークレイマー』からアイディアを得たフレンチトースト、手作りのチーズケーキやホットビスケットなど家庭の味が並んでいました。

おいしいコーヒーと手作りお菓子を堪能し、クラシック音楽に耳を傾ける。ひとりでふらっと訪れて、読書に没頭できますし、気軽に談笑も楽しめる。「平均律」はそんなステキな空間でした。

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