88歳の老人が「老人」を演じる哀しさと凄さ――大道芸人ギリヤークの「動かぬ踊り」

88歳の老人が「老人」を演じる哀しさと凄さ――大道芸人ギリヤークの「動かぬ踊り」
終演の際、両手を挙げたギリヤーク尼ヶ崎さん

大道芸人のギリヤーク尼ヶ崎さん(88)が10月8日、東京・新宿で、芸歴50周年となる青空公演を行いました。その30数年前、筆者は地元・滋賀県の公園で、ギリヤークさんの舞踊を見た記憶があります。まだ小学校に入学する前のことです。

田舎の生まれで、大道芸にも舞踊にもほとんど触れたことがなかった筆者に、白塗りしたギリヤークさんの顔や情動的な動きは、強烈な印象として脳裏に焼き付きました。驚きと畏(おそ)れが入り混じった「なんじゃこれは……!」という感情を抱いたのを、いまでもおぼえています。

腰は大きく曲がり、動作も遅かった

今回、開演の2時間前に会場を訪れると、ギリヤークさんが段取りの確認をしているところでした。ギリヤークさんは当時と違い、車椅子に座っていましたが、面長な顔は記憶のなかのギリヤークさんそのままでした。

開演を待つあいだ、後ろ隣に座っていた30代の男性と少し話をしました。ギリヤークさんの舞踊を直接観るのは今回が2回目だといいます。「50周年」に合わせて、「投げ銭」はすべて50円玉で用意したそうです。

開演と同時にギリヤークさんが現れました。車椅子に乗ったまま勢いよく押されて“舞台”をぐるぐるとまわります。そして三味線をかき鳴らす激しい動きへと移ります。

しかし、「腰の調子がよくなくて、立っているのがつらい状態」と事前に告知された通り、ギリヤークさんの腰は病気のために大きく曲がり、ほとんどうつむいた状態です。演目を読みあげるときの声は90歳近いとは思えぬほど大きく張りがありますが、動作は遅くなっています。

それでも、ギリヤークさんは「念仏じょんがら」で、約2000人とも報じられる観客のあいだを通り抜けて驚かせました。ギリヤークさんが階段をのぼって高い場所に現れた際には、報道陣のなかからも「ギリヤーク!」と掛け声がありました。

かつてのように「老人」を演じられない

筆者の心を特に揺さぶったのは「老人」という演目です。これは「沈黙の詩人」とも呼ばれたパントマイムの名人マルセル・マルソーの演目に着想を得たとされるもので、数十秒のごく短い舞です。

ギリヤーク尼ヶ崎「老人」
長いあいだ使ってきたとみられる「老人」のめくりを持つギリヤークさん

かつては、赤いふんどし姿になったギリヤークさんが、両手をたおやかに動かしながら、身体を小さく屈(かが)めていくというかたちで演じられていました。

しかし、この日の「老人」には、ほとんど動きがありませんでした。ふんどし姿になったギリヤークさんは、うつむいた姿勢のまま、少しだけ腰を落とし、両手をわずかに動かしただけです。

ギリヤークさんは正面に向き直ると「本当は小さくなっていくんですけど、今日は(身体が悪くて)できないので、これで我慢してください」と小さな声で話して、この演目は終わりました。胸の皮膚の下に埋められた心臓のペースメーカーが、少し垂れ下がっているのが見えました。

ギリヤーク尼ヶ崎「老人」
「老人」で両手をおろしたギリヤークさん

それを見た瞬間、筆者のなかで衝撃が走りました。88歳の老人が「老人」を演じようとするも、老人であるがゆえにできないと言っている……。「これこそ芸術ではないか!」と感じたからです。

もはや何をやっても「正解」になってしまうのです。ギリヤークさんにとって、今回の「老人」は不本意だったかもしれません。思うように身体が動かず、もどかしい思いをしたことでしょう。けれども、そのことによって演目「老人」のテーマがずしりと重いものとして伝わってきました。

「老人」とはなんと醜く、滑稽で、哀しい存在なのか。そう思い知らされる一方で、誰もが老人になることへの覚悟を求められているようでした。

おそらく、道で老人とすれ違っただけではこのような感情は沸かなかったはずです。芸歴50年を迎えたギリヤークさんが「老人」を演じたからこそ、そう感じられたのでしょう。

となると、来年89歳になったギリヤークさんが踊る「老人」は、さらに凄みが増すはずです。再来年90歳になったときの「老人」となると、もはや想像がおよびません。終演後、「あと2年は踊りたい」と語っていたギリヤークさんの、次の「老人」が楽しみです。

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