最後の日を迎えた「築地市場」 間の抜けたところも魅力的だった

最後の日を迎えた「築地市場」 間の抜けたところも魅力的だった
築地市場最後の日(2018年10月6日撮影)

83年の歴史に幕を閉じた東京の築地市場。「片手袋(道ばたに落ちている片方だけの手袋)」の研究をする私にとっては、研究材料の宝庫であり、聖地とも言える場所でした。今回は、そんな築地市場の思い出を振り返ります。

※道端の「片手袋」撮り続けて13年(筆者インタビュー)

思い出の洋食店とマグロの頬肉

私は家業の関係で大学生の頃から18年間、毎週築地へ通ってきました。縦横無尽に走り回るターレー、帳場での支払い、複雑に入り組んだ仲卸売場。通い始めた当初は、何もかもが未知の場所でした。そんな場所に馴染むことができたきっかけは、思わぬところにありました。

18年前、初めて場内に足を踏み入れた日。何かおいしいものが食べたくて、飲食店が集まるエリアをウロウロしていました。どの店も暖簾(のれん)をくぐるには何となく勇気がいる雰囲気。同じ場所を行ったり来たりするのに疲れ、大した理由もなく「エイヤッ!」と、ある洋食店に飛び込みました。

このときは、10年近くこの洋食店に通うとは思ってもみませんでした。しかも1つのメニューだけを食べ続けるなんて…。

「マグロの頬肉のソテー」

ハンバーグやカレーなど洋食屋の王道メニューがそろう中、なぜ最初にそれを注文したのかは覚えていません。運ばれてきたのはバター醤油とにんにくでソテーされた牛ステーキのような塊。しかし、三日月型に湾曲した形状とうっすら見える白い筋が、やはり牛肉ではないことを物語っています。

口の中に運んでみると、肉質は柔らかく、少し噛んだだけで魚とは思えない濃厚な味わいが広がりました。レモンを絞ってみると、バター醤油をほどよく中和して、爽やかな味わいに変化します。付け合わせはシンプルにキャベツの千切りのみですが、肉汁をたっぷり吸ってこちらも最高。洋食屋らしく平皿に盛られたライスはあっという間になくなりました。

みそ汁は豆腐とわかめのみとシンプル。私はこの店で築地の飲食店における独特な注文方法を学びました。「玉落ち(ぎょくおち)」。まあ、みそ汁に玉子を落としてもらうだけなのですが、常連さんが頼んでいるのを聞いて、私もマネするようになりました。

それ以来、その専門用語を口にするたびに、自分が築地に溶け込んでいく気がしたものです。洋食店のおばちゃんが私の顔を見るだけで「マグロの頬肉」を準備してくれる頃には、場内を激走するターレーにも恐怖を感じなくなっていました。

そんなある日、突然お店が廃業してしまった時は、大袈裟でなく本当に膝から地面に崩れ落ちました。築地に通う楽しみを与えてくれて、築地に溶け込むきっかけとなってくれたお店だったので、大きな喪失感を覚えました。

間の抜けた雰囲気と片手袋

職人のかっこよさと厳しさ、そしてその裏にある優しさーー。築地への愛を語る時に、そんなイメージを思い浮かべる人は多いのではないでしょうか。しかし、築地の良さは他にもたくさんあります。その一つが間の抜けた雰囲気です。

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場内の雑貨屋で売られていたハンドスピナー

子供を中心にハンドスピナーという玩具が大流行しましたが、なんとその波は築地場内にも押し寄せました。雑貨屋の店先にハンドスピナーが積んであったのですが、「ポップ」に書かれた売り文句に驚きました。

「流行っているみたいだけど何が面白いかさっぱりわかりません」

えええええ~っ! 売り物に対してこの売り文句? でもちょっぴり流行り物は気になる、という可愛らしさ。面白い!

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場内の薬局にて。マスクの意義とは?

場内にある薬局のカエルのディスプレイも独特です。マスクが鼻の位置に装着されていて、思わず「おかしいよっ!」と叫んでしまいました。「築地の魅力」というテーマでは話題にならないでしょうけど、私にとってはこうした間の抜けたところも大きな魅力でした。

そして間が抜けているからこそ、築地では日々大量の片手袋が生まれていたのです。河岸(かし)の人達が一生懸命仕事に取り組む合間に生まれる、一瞬の隙。そこで片手袋はポロリと落ちる。

いつ行っても必ず片手袋がある築地のおかげで、私は片手袋研究を進めることができました。片手袋の発生理由、片手袋と季節の相関関係といった、片手袋研究の基礎を構築することができたのです。一方で、どんなに考えても発生理由が分からない片手袋と出会うのも築地市場の魅力でした。

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疑問を投げかけてくる片手袋

築地に対する心残り

「不便で不衛生な築地の魚なんてもう食べたくない」

豊洲への移転問題について議論が活発化しているとき、そんな意見をSNSで見ました。確かに築地は手狭で建物の老朽化も目立ちます。ひとたび議論の俎上(そじょう)に載せられると、そういった部分は批判材料になってしまいます。

しかし、河岸(かし)の人達は最適解を求め努力してきました。何の変化もなく廃れる一方ではなかったのです。仕事と片手袋研究、私にとって大切な場所だった築地が、「不便で不衛生」と言われ、本当に胸が痛くなりました。

長年、豊かな食生活を支えてくれた築地の歴史を、気持ち良く終わらせてあげられなかったことは心残りです。

10月2日が、私にとって築地市場の最終日でした。お世話になった方々にお礼を言って回りました。あちこちからも同様の声が聞こえてきます。もちろん、豊洲に場所を移してからも、河岸(かし)の人達との関係は続いていくのですが、あのお礼は築地市場という場所に対してのものだったように思います。

築地市場。今まで本当にお世話になりました。そして、お疲れ様でした。

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