「築地最後のお冷やですよ〜」 吉野家、築地市場「1号店」が閉店

「築地最後のお冷やですよ〜」 吉野家、築地市場「1号店」が閉店
順番を待つお客さんとの撮影にも応じていた気さくな1号店の従業員

牛丼チェーンの老舗・吉野家の現「1号店」が10月6日13時すぎ、59年の歴史に幕を閉じました。1号店があったのは、東京の築地市場の中。同市場の閉鎖および豊洲市場への移転にともない、店を閉じることになったのです。

同時に、1号店の店員が着用していたオレンジ色の制帽や和服調の前掛け、特殊注文「アタマ大盛り」に使われていた専用の容器も、見納めとなりました。

※【写真特集】築地市場と吉野家1号店「最後の日」

吉野家の公式サイトなどによると、東京大空襲で店舗を焼失した吉野家は1947年、築地市場の一角に店を構えて営業を再開。1959年に現在の場所に移転しました。全国展開する牛丼チェーンの第一歩がこの店から始まりました。

最後の日、1号店の前にできた行列

1号店は24時間営業ではなく、午前5時に開店します。築地市場に出入りする卸売り業者に合わせています。

1号店の最終日である6日の午前3時半、筆者がひとり、1号店の前に行ってみると、すでに8人ほどが並んでいました(男性7人、女性1人)。先頭の男性は、築地で呑んだ帰りに来たといい、2時から並んでいると教えてくれました。

話を聞いているあいだに数名が列に加わったため、筆者が並んだときには14番目となっていました。市場内をターレ(魚を運搬するための軽車両)が激しく行き交うなか、列はどんどん伸びていきます。スマホを使ってその様子をネット中継する人や、店の前で記念撮影するカップルの姿が見られました。

築地市場・吉野家1号店最後の日
閉店の約1時間前、吉野家1号店の前に「終了」の合図がかかげられた。もう行列に並べなくなった

5時ちょうど、店長の「最終日の営業を始めます」という挨拶とともに、店が開けられました。1号店の座席は15なので、開店と同時に座ることができました。

1号店は、牛丼の上にご飯をよそう「肉下」や、ネギだけで牛肉をのせない「ネギだけ」といった「特殊注文」ができることで知られています。しかし、この日の特殊注文は限定されており、「ネギだく」、「つゆダク」、牛肉部分を大盛りにする「アタマ大盛り」の3種のみとのことでした。

和服調「オレンジ色の制帽」も見納め

築地市場が豊洲へ移転するのに合わせて吉野家1号店も移りますが、「アタマ大盛り」に使う緑色の容器と、店員のオレンジ色の制帽・制服はもう使われないそうです。

吉野屋1号店_2
吉野家1号店の前。従業員のオレンジ色の帽子と前掛けはもう見られない

店内では、1人で2杯注文する男性客や、朝からビールを飲みながら牛丼を食べる女性客がおり、それぞれの方法で1号店最後の日を楽しんでいました。また、店員の女性が、各席にお冷やを配りながら「築地最後のお冷やですよ〜」と声をかけると、客席から一斉に笑いが起きました。

1号店はコの字型のカウンター席のみ。隣に座った40代の男性に話を聞くと、「東京に住んでいる友達と、出張で地元から出てきた友達と一緒に飲みに行った帰りです。地元は田舎だから、僕らが高校生のころは吉野家以外の丼めしチェーンがなかった。吉野家は“青春”です」と語っていました。

最後のお客は大阪から来た40代の男性。この店にしかない専用の丼で「アタマ大盛り」を食べたとのことでした。取材陣の「最後の味は格別でしたか?」との質問に、「(予期せず最後の客になったことで)緊張しました」と答えていました。

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