ひとり飲みの快楽 「刹那的な出会い」がたまらない

隣り合った人との何気ない会話がいい(イラスト・古本有美)

ひとり飲みは何かと好都合

このごろひとり飲みの楽しさを覚え始めつつあります。かつては人と話すのが楽しいから飲み屋に行っていたものですが、このごろではひとりで飲み屋にたたずんでも十分楽しめるようになってきたので、隙をみてはドトールにでも行くかのごとく酒場に足を運びます。

ひとりだと好きなものを好きなだけ頼めるのが良いです。やたら刺身ばかり頼んでも、生肉ばかりを頼んでも誰にも気兼ねは無用です。とりあえずサラダを……などと言ってシーザーサラダを頼んでおく必要もありません。

それに、ひとりだと人気店でも比較的入りやすいことにも気がつきました。満員御礼かと思いきや、カウンターにひとり分のスペースがこっそり隠れていることもしばしばなのです。

たとえば東京・祐天寺に「もつ焼き・ばん」というレモンサワー発祥の地と言われている店があり、いつも店外にまで行列ができるような人気の大衆酒場なのですが、「意外とひとりで行けばカウンター席が空いているもんだ」と、先日飲み屋のカウンターでたまたま隣になったご老人がおっしゃっていました。

そのご老人と出会ったお店も、黒ホッピー発祥の地である恵比寿の名店なのですが、ここもたいていは混んでいるものの、ひとりで行くとカウンターにもぐりこめることがわりとあります。

ひとり飲みの流儀とは

ひとり酒場で飲むときに一体何をするのか。これについては、まだひとり飲みビギナーの私としては対応に迷っているというのが正直なところです。

店の人と語らう常連さんもおりますが、私はそれにはあまり与(くみ)したくはない派です。もちろん、馴染みの店を持つことはかねてからの憧れですが、ひとりで放っておかれたい夜だってあるのです。

お店の方とは、
「毎度どうも。今日はおひとりですか?」
「そうなんです」
くらいの挨拶にとどめ、時折、「今日は鰹の良いのが入ってるんですが、どうですか?」、「じゃ、いただきます」といった会話をするくらいがちょうどいい。

そうかと言ってスマートフォンをずっといじっているのもいささか無粋な気がします。ついつい孤独をまぎらわせるためか、知り合いに現状を報告したり、鳥のアイコンのアプリに投稿したくなってしまいますが、そこはなるべくストイックにいきたいところです。

大衆酒場で刹那的な出会いを

そうだ、本を読もうと思ってカウンターで酒を飲みつつ読書にふけったこともありますが、当然ながら酔いがまわるにつれ、中身が頭に入ってこなくなるわけです。しかも私の悪い癖でこういうときに限ってやけに小難しい本を携えるものだから、より一層頭が混乱してまいります。

理想を言えば、ふと隣に座った客と何気ない会話になって、そうかと言って後腐れなくその場限りでお別れするのが好ましい。ちなみに私は五木ひろしと木の実ナナのデュエットとして名高い『居酒屋』という歌が好きなのですが、たまたま居酒屋で横に座っただけという関係性が刹那的でたまらないのです。

『居酒屋』のように、ふと隣に座った淑女と会話にでもなればいいのでしょうけれど、たいていの会話はおじさま、あるいはおじいさまと始まります。でも、なんだかこのごろそれがいい感じだと思えてきました。歳をとるっていいなと思います。

先日も大衆酒場にて、ふと隣にいた初老の方が話しかけてきまして、聞くとどうやら不動産会社をやっているようなのですが、たまたま内見した高輪のマンションに一目惚れしてしまい、自分用に買ってしまったとおっしゃってました。お金のある人はいるものです。こういう出会いがあるので、ひとり酒は楽しいのです。

そんなわけで大衆居酒屋に潜り込むことにはだいぶ手慣れてきた私ですが、まだまだ克服できていないものがあります。それがバー、あの「BAR」です。次回のコラムでは、そんな私の「ひとりバー」への挑戦を記したいと思います。

 

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