暗く静かな海底にたたずむ「片手袋」 深海デブリと知り悲しくなった

暗く静かな海底にたたずむ「片手袋」 深海デブリと知り悲しくなった
無数の貝殻の間に見えるのは海底の片手袋(提供・JAMSTEC)

猛暑が続く7月のある日、1通のメールが届きました。「面白い場所に片手袋がある」というものでした。差出人は海洋研究開発機構(以下JAMSTEC)の研究員の方。「海洋研究の専門家がなぜ?」と思いましたが、「片手袋(道ばたに落ちている片方だけの手袋)」の研究をする私は、当然無視することはできません。居ても立っても居られず、JAMSTECに向かいました。

JAMSTECは、海洋に関する基盤的研究開発などを行い、「海洋科学技術の水準の向上を図るとともに、学術研究の発展に資すること」を目的とした組織。世界有数の有人潜水調査船「しんかい6500」を運用していることでも有名です。

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お話を伺ったJAMSTEC地球情報基盤センターの齋藤秀亮さん

訪れたのはJAMSTECの横浜研究所。そこで見たのは、深い海の底にある片手袋の写真でした。話を聞いてみると、海底には片手袋がたくさんあるというのです。私は日頃から、「人間の行動範囲であれば、片手袋が発生する可能性は必ずある」と主張してきましたが、さすがに海底は想定外でした。

海底に散らばるたくさんのゴミ

驚いたのは、海底にただようゴミの数々。片手袋のほかにも、タバコの吸いがら入れやペットボトル。実にさまざまな種類のゴミが大量に散乱しています。

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相模湾の海底で撮影された「タバコの吸いがら入れ」(提供・JAMSTEC)
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三陸沖の海底で撮影されたペットボトル(提供・JAMSTEC)

中でも一番衝撃を受けたのが、マネキンの頭部です。観測したのは「しんかい6500」。有人船ですから、船に乗っていた人は腰が抜けたんじゃないかと思います。マネキンは町の路上で出会ってもギョッとしますからね。

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海底6271mで観測されたマネキンの頭部(提供・JAMSTEC)

さらに怖いのは、このマネキンを1年後に撮影した画像。割れ目にヒトデのようなものが付着して、もはやホラー。1年前より若干埋もれており、少しずつではありますが、海底の環境も変化しているのがわかります。

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1年後に観測されたマネキンの頭部(提供・JAMSTEC)

このようなゴミが、人の手が及ばないと思われがちな深海にも散乱しており、こうしたゴミを含め本来海底には存在しないものを総称して「深海デブリ」といいます。JAMSTECが最も深い場所で観測した深海デブリは、1万898メートルで発見されています。地球で最も深いマリアナ海溝の海底がおよそ1万920メートルなので、驚きですね。

海底に片手袋があることを知った当初は、胸が高鳴りましたが、海洋汚染の一種であることがわかり、少し残念な気持ちになりました。

増え続ける深海デブリ

深海デブリの原因は、河川からの流入や海上からの不法投棄などが考えられますが、はっきりとしたことはわかっていないそうです。研究者は以前から深海デブリを観測していましたが、それらのデータを使って海洋ゴミの研究が始まったのは最近のことで、地球環境にどのような影響を及ぼすのかは未知数です。しかし、何が起こるかわからないというのは、ある意味最も怖いと感じました。

2050年には海のゴミの総重量が魚の総重量を上回るといわれています。中でも問題となるのは、分解されることが難しいプラスチックのゴミ。特に5ミリメートル以下のマイクロプラスチックと呼ばれるものは、有害物質を吸着し食物連鎖の中で人間に取り込まれる危険性が指摘されています。最近、海外の飲食店で紙製のストローを導入したことがニュースで取り上げられるのを目にしますが、こうした海洋汚染対策の意味も大きいそうです。

深海デブリをデータベース化

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深海デブリデーターベース。「手袋」で検索するとたくさんの方手袋が

海洋汚染への関心が高まる中、JAMSTECは2017年に深海デブリをデータベース化して、公開しました。生物や環境の様子を記録するために深海調査を行ってきましたが、多くの深海デブリが映り込んでいたために、データベース化が可能になったそうです。

デブリの種類、日付、地点や深度で検索できるこのデータベース、不適切かもしれませんが、ずっと眺めているだけでかなり面白いです。しかし、そんなことは言ってられません。やはりプラスチックゴミの多さが目を引きます。この問題に対して個人でできるのはゴミの処分をきちんとすることしかありません。しかし、そういった当たり前の行動が地球の環境を左右する、ということを学びました。

帰り道、ふと目を落とすと、路上にペットボトルが落ちていて、なんだか悲しい気持ちになりました。私が研究対象としている片手袋も、人間の社会や行動によって生み出される「デブリ」なのかもしれません。そういった側面からも目をそらさずに、これからも研究に励みたいと思います。

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