「3万円のヤカン」を買ったさくらももこさん~石川浩司が語るさくらさんとの思い出

「3万円のヤカン」を買ったさくらももこさん~石川浩司が語るさくらさんとの思い出
さくらももこさんの代表作「ちびまる子ちゃん」とエッセー「もものかんづめ」

同じ時期に「時の人」になった

1990年3月。たまのメジャーデビューコンサートが、有楽町の読売ホールで開催された。ちょっと緊張してステージを終え、楽屋に戻ったら桃とバナナのフルーツが置いてあった。さくらももこさんとよしもとばななさん。思わずメンバーが言った。

「舞台より、こっちの方が華やかじゃんかっ!」

たまはこの前年の89年11月、ここのコラムにも書いたが、「イカ天」というテレビ番組で脚光を浴び、メジャーデビュー前にもかかわらず、テレビCMに出たり雑誌の表紙を飾ったりしていた。実は漫画家のさくらももこさんもその番組を熱心に観ていて、たまのファンになってくれたのだ。

そんなさくらさん原作のアニメ「ちびまる子ちゃん」は、たまがメジャーデビューした年と同じ90年から放送が始まった。お互い同時期に、「時の人」として祭り上げられてしまったのである。ちなみにこの年の年間CD売上チャートの1位が、「ちびまる子ちゃん」のオープニング曲でさくらさんが作詞したB.B.クィーンズの「おどるポンポコリン」で、4位が僕らたまの「さよなら人類」だった。

さくらさんとの思い出

さくらさんと最初に会った場所ははっきりと覚えていないが、すぐに意気投合して友達になったのは覚えている。さくらさんは実にパワフルな人だった。性格も声も、まさにテレビのちびまる子ちゃんがそのまま大人になった感じだった。

さくらさんの当時のダンナさんもさくらさんに輪をかけたたまのファンだった。「宝島」という雑誌では、たまの連載ページを責任編集してくれて、そこに「たまの人」というさくらさんの4コマ漫画を毎回描いてもらったほどだ。一時期は、夫婦でお互いの家に遊びに行ったりもしていた。

さくらさんとは何度か旅もした。たまの東北ツアーの時はお忍びで遊びに来てくれて、一緒に何カ所か回った。青森のライブ終演後にちょっと小汚い居酒屋に行った時、たまメンバーは店のオヤジにすぐ気づかれたが、一緒にいるさくらさんはメディアに顔を出していないのでスタッフか何かと思われていた。店のオヤジが「ちびまる子ちゃんっていうアニメ、面白いねぇ」などと本人を前に言っていて、その様子をニヤニヤ眺めていたのを覚えている。

さくらさん編集の「富士山」という雑誌の企画では、さくらさんたちと一緒に川越に行った。さくらさんが金物屋で川越名物とは何の関係もない3万円近くするヤカンを買い、「やっぱり変わってるな~。3万円のヤカンって!」と思った。

また別の号の「富士山」では、うちの妻がやってる、ここのコラムでも書いた「ニヒル牛」というお店を紹介してくれた。店主である妻は一般人なので、写真はNGだったのだが、この時は1ページデカデカと妻のカラー写真が無許可で載せられてしまった。妻は「ももこめ~」と笑っていた。

さくらももこ_1
たまのベストアルバム「まちあわせ」 ジャケットはさくらももこさんが描いた「たま」

さくらさんはたまの恩人

アニメ「ちびまる子ちゃん」でエンディングテーマに使われていた「あっけにとられた時のうた」はたまの曲だ。「作詞は私がやるから、たまにやってほしい」と、実はさくらさんから依頼があった。

この曲のレコーディングはたまの私設スタジオで行ったが、そこにさくらさんも来た。テレビバージョンはCDとは違って演奏時間が短いので、少しアレンジしなければならなかった。そこで「ちびまる子ちゃん」の登場人物、野口さんの笑い声が必要になり、さくらさんに「やってよ~」と急きょお願いすることになった。トイレから「クックックッ」という笑い声の練習が聞こえてきた時は笑った。そう、エンディング曲の野口さんの笑い声は、さくらさんの声なのだ。これはちびまる子ちゃんファンにも案外知られていない事実かもしれない。

さくらさんがレコーディングしている様子をエンジニアブースから見ていたのだが、さくらさんはなぜかヘッドホンをしてない。でも正しいタイミングで笑い声を出している。戻って来た時に「なんでヘッドホンしなかったの?」と聞いたら、「えっ、ヘッドホンなんてあったの? 誰もしろと言ってくれなかったから、あたしゃわかんなかったよ!」と言ったので、みんなで大笑いした。どうやら横に置いてあったヘッドホンからかすかに漏れている音を聴いて、声を出したらしい。

ちびまる子ちゃんの映画「わたしの好きな歌」でもたまの「星を食べる」という曲が使われた。この曲では、「ぼくは君の首をそっと絞めたくなる」という物騒な歌詞があるにもかかわらず使用され、話題となった。さくらさんは、「たまと言えば『さよなら人類』だけのバンド」という世間の評価を変えてくれた恩人でもあるのだ。

さくらさんは早食いだった

それにしても缶ジュースやインスタントラーメンのコレクターであり、運動も一切しない不健康の見本のような僕がヘラヘラ生きているのに、僕より4つも年下の健康オタクで、「ももこのおもしろ健康手帖」なんて本まで出しているさくらさんが先に虹を渡っただなんて、いまだに信じられない。

たまが解散したこともあって、ここ10年ほどは連絡を取っていなかったので、病気であることも知らなかった。

そういえばさくらさんは早食いでも有名だった。さくらさんの家に友達何人かで遊びに行った時、寿司の出前を取った。「あたしお腹空いてるから先に食べていい?」とさくらさんが聞くので、「どーぞ、どーぞ」と返事をした。そしてテーブルに寿司が並び、箸を割って、みんなで「いただきま~す」と言おうとしたその時だった。

「ごちそうさま!」

さくらさんの声が聞こえた。早過ぎる。

早過ぎるのは寿司を食う時だけでいい。

それだけでいい。

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