ランチタイムの新橋で「ひとり山陰ツアー」

ランチタイムの新橋で「ひとり山陰ツアー」
ランチだけで四軒はしご

平成最後の夏といわれると、簡単に終わらせるのが惜しい気がしてくる。どこか静かな温泉にでも行って、張り詰めた神経をゆるめようかと考えたものの、本業が佳境なこともあって決断できず諦めていた。

それが先日、打ち合わせで新橋を通りがかったときに「山陰海鮮」という看板を見かけてから、まだ何かできることがあるのでは、という気持ちが沸き上がった。

あらためて路地の店先を見渡すと、全国の食材の名前がいたるところに張り出されている。北は大沼牛、鰺ヶ沢のイカから、上州豚に、泉州の水茄子、南は五島のきびなご、鹿児島のごて焼きなどなど。初代の新橋駅は日本最初の鉄道路線のターミナルだったが、その名残だろうか。

一軒目は鳥取の紅ズワイガニから

スマホで「新橋 山陰」を検索すると何軒かの店がヒットするが、十七時開店が多く、常連さんが憩う小さな店を食べ散らかして歩くのは気が引ける。

とはいえ、普通に飲み屋めぐりをしても面白くない。「山陰」をテーマに、ランチタイムにはしごをするのはどうだろう。ハードルは高いが、新橋の真価を問うには悪くない。朝飯を抜いて臨めば二、三軒はいけるのではないか。

八月の平日のある日、通勤途中のJR新橋駅に降りた。お目当ては新橋一丁目にあるアンテナショップ「とっとり・おかやま新橋館」だ。ここの二階に「ももてなし家」という飲食店があり、ランチもやっている。

岡山のままかりや鳥取の砂丘らっきょうなどの名産が並ぶ一階から階段を上がると、この日は鳥取産の食材を使った数量限定の「紅ズワイガニ重」が食べられるという。

深海で獲れる紅ズワイガニは、普通のズワイガニより身が小さく水気が多いが、安くて身に甘みがあり紅の方を好む人もいる。料理長によると、鳥取はカニの水揚げ量が日本一で、紅ズワイガニの漁が解禁される九月以降は店に出されるカニ料理の種類も増えるそうだ。

重箱のふたを開けると、左半分に脚肉が十本以上も並び、右半分にカニ味噌で炒めたほぐし身がかかっている。ご飯とのバランスがよく、カニの味が十分味わえる。鳥取直送のあおさの味噌汁も、潮の香りがして地方の食材感が強い。まずは順調なスタートではないか。

冷たい烏龍茶でハタハタをかじる

店を出ると、頭上に灼熱の太陽があった。普通に二軒目でいいのか、お前の人生は予定調和でいくのか。そんな思いが頭をかすめた。すると、角の居酒屋のガラス越しに生ビールをあおる中年女性たちの姿が目に入った。

看板には「境港産アジフライ定食」とある。境といえば鳥取じゃないか。思い切ってのれんをくぐり、アジフライ定食のご飯なしと、同じく境のハタハタの干物を注文し、アジはなめろうもできるというので追加してもらった。

店員のお兄さんが「生、行きますか?」と笑顔でジョッキを傾けるふりをした。この店はチェーン居酒屋の新入社員向けトレーニングセンターを兼ねており、生ビールが1杯200円、サワーなら100円で飲める。

スペイン人なら迷わず行くだろうなと思いながら、ぐっとこらえた。理想を言えば、なめろうに合わせた松江の日本酒「李白」あたりの冷やがよかった。

それにしても、今年の夏は暑かった。海水浴などする気はないが、せめて海沿いのレストランでのんびりしたかったな。山陰に砂浜はあるだろうか。塩気の利いたハタハタをかじりながら烏龍茶を飲んでいると、店のBGMが潮騒に変わり、バンドの音が入ってきた。

おあつらえ向きのサザンオールスターズ、デビューアルバムのバラード「恋はお熱く」だ。生真面目な原由子のキーボードの上を、桑田佳祐の痙攣的なシャウトと脳天気な男たちのコーラスが踊る。つたなさの残るギターソロにも、二度と再現できない勢いがある。

今でも思い出せば、涙がこぼれるだろう。薄くなった額から流れた汗が、目尻を伝って落ちた。何もかも若さにあふれ、まぶしすぎる。

締めは宍道湖産のしじみ汁

アジフライにソースをつけて平らげると、ランチタイムは残り少なくなっていた。三軒目は最初に「山陰海鮮」の看板を偶然見た「炉端かば」という居酒屋だ。ここにも境港直送の真アジがあり、「アジたたき丼」を食べることにした。ご飯は半分である。

アジのたたきとは、厚く切ったプリプリの旬のアジを、海苔やごま、しそ、あさつき、おろし生姜などと和える料理だ。最後に濃厚な卵黄を乗せて、白いホカホカのご飯と一緒に口に運ぶと、なんともいえない旨味と甘みが広がる。

四軒目は隣の立ち食い天ぷら屋「立天○(たちてんまる)」。経営主体は三軒目と一緒で、厨房も奥でつながっている。ワンコインで天丼が食べられるが、少し上乗せして天ぷら定食にしてもらった。

ここでうっかり、ご飯を減らし忘れてしまったのだが、一口食べると「これならいける」と思えた。それほど香ばしく、目の前で揚げられたサクサクの天ぷらにぴったりの白米である。

野菜一品と海老二本、それにいかにも地物という感じの苦味のある小魚など五品。味噌汁は島根の宍道湖(しんじこ)産のしじみ汁だ。運営会社に聞くと、店で出すお米は、すべて内陸の豪雪地帯である鳥取の日南町からの直送という。天つゆが薄口なのもいい。

さて、これで今年の夏休みは終わりだ。何食わぬ顔で午後の仕事を始めるとしよう。しかしお腹はきついし、太陽はカンカン照りで、汗は滝のように流れる。なにより頭の中をサザンがリピートしていてモノを考えられそうにない。お熱いのが好き、ベイベー。平成最後の夏だし、まあいいか。

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