映画『風立ちぬ』にも登場したアイテム「計算尺」を君は知っているか

映画『風立ちぬ』にも登場したアイテム「計算尺」を君は知っているか

ジブリの映画『風立ちぬ』で、主人公・堀越二郎が病に伏せる妻の手を握りながら、もう一方の手で計算をする印象的な場面があります。ここで二郎が使っている道具が「計算尺(けいさんじゃく)」です。計算尺は、コンピューターどころか電卓すらなかった時代に活躍したアナログ計算機のひとつです。

現在ではほとんど見かけなくなった計算尺ですが、いまだ社名にその名を冠する会社があります。東京に本社を置く「ヘンミ計算尺株式会社」です。国税庁のサイトでの法人検索によれば、社名に「計算尺」の文字が入っているのは、ここだけです。

誰もがスマホで簡単に計算ができる時代、同社が「計算尺」という名前にこだわっているのは、なぜでしょうか? 計算尺はいまも製造されているのでしょうか。埼玉県東松山市にある同社の工場を訪れました。

宮崎駿監督「君は計算尺の使い方を知っているかい?」

「『計算尺』どころか『尺』という言葉すら使わなくなってきましたね」と豪快に笑うのは、ヘンミ計算尺株式会社の代表取締役社長・大倉健資さんです。「尺」は長さの単位で、約30センチ。物の長さを測るメジャーを「巻尺」と呼ぶように、計算尺も物差し状であるため「尺」の字が付いています。

計算尺が“メジャー”だった時代、「ヘンミ」の名は世界的に知られていました。最盛期の1963年には国内シェア約98%、世界シェア約80%をほこったといいます。古くは戦闘機の設計に、戦後は東京タワーやダムの設計に計算尺は用いられました。映画『アポロ13』では、NASAの管制官が計算尺で計算をする描写があります。

計算尺_1
ヘンミ計算尺の皆さん。左から錦さん、大倉社長、三枝さん、永田さん

実は、『風立ちぬ』で二郎が使っているのも同社の計算尺です。「ジブリから計算尺を貸してほしいという話がありまして、うちの社員が持っていったんです」(大倉さん)。社員の永田真由美さんが計算尺をたずさえてジブリを訪れると、宮崎駿監督が「君は計算尺の使い方を知っているかい? 僕はよくわかっていないんだ」と話しかけてきたといいます。

胸ポケットに挿して歩くのが一種のステータスだった

ここで、計算尺の使い方を説明しましょう。計算尺には対数の仕組みが用いられています。対数とは、ある数を「○の△乗」と表したときの「△乗」をいいます。「9」を「3の2乗」と表した場合、「2」が対数です。この対数を使うことで、計算尺は三角関数など複雑な計算を可能にしています。

計算尺_2
真ん中の目盛りをスライドさせたのち、ガラス板のカーソルを動かして答えを導く

ここでは、1.2×1.3を計算してみます。先に答えを書いておくと、正解は「1.56」です。まず、真ん中のスライドする尺を移動させ、下段にある「D」の目盛りで「1.2」の位置に、真ん中の尺の「C」に刻まれた「1」を持ってきます。その状態のまま、今度は赤い線の入ったカーソルを移動させ、「C」の目盛りで「1.3」の位置にもってきます。ここまでが1.2×1.3です。ここで再び「D」の目盛りを見ると、カーソルが「1.56」を指していることがわかります。

こうした計算が手早くできる計算尺は当時、高級品でした。大卒の初任給が1万数千円だった60年代に、計算尺は「7000〜8000円はしたでしょう」と大倉さん。「営業マンにとって、小型の計算尺を胸ポケットに挿して歩くのは、一種のステータスだったんです」。それは現在、ビジネスマンがノートPCを抱えて仕事をする姿に似ていたのかもしれません。

計算尺は海外で発明されたものですが、19世紀末、逸見治郎氏が竹製の計算尺を完成させたところから「ヘンミ計算尺」の歴史は始まります。金属製、木製のものがほとんどだった当時、鹿児島県の霧島山麓に生える「孟宗竹(もうそうちく)」を使用したことで、軽く歪みのないものとなった同社の製品は、評価を得ます。のちに電気工学、建築、化学……と、専門領域ごとの計算尺が開発されていきます。

「計算尺」を冠した社名「当面変える気はない」

しかし、1970年代に関数電卓が登場したのを契機として、計算尺は廃れていきます。ヘンミ計算尺でも、70年代前半には計算尺の製造を中止。竹にセルロイドの目盛りを貼り付ける技術を転用して、プリント基板を製造する事業に軸足を移していきます。いまでもノベルティグッズとしてプラスチック製の計算尺を作ることはあるものの、竹製のものはほとんど在庫がなく、「オークションサイトでしか手に入らないでしょう」と、営業本部の錦俊昭さんは教えてくれました。

計算尺_3
「胸ポケットに計算尺を挿して歩くのがステータスだったんです」

ではなぜ、ヘンミ計算尺はいまだに「計算尺」を社名に残しているのでしょうか。同社のメインはすでに産業機器開発になっているにも関わらず、です。

大倉さんはいいます。「ひとつは、計算尺を知っている世代の方がいま会社の役職に就いていて、社名に親しみを持ってもらえるというのがあります」。そしてもうひとつ。「自動車のトヨタさんの原点ともいえる『豊田自動織機』ですが、もとは『豊田自動織機製作所』でした。『製作所』の部分はなくなっても『自動織機』は、ちゃんと会社名に残されています。弊社も同じで、計算尺から培ってきたものがあります。『ヘンミ計算機』と間違えられることもありますが、会社の中身が変わっても社名にこだわることは、会社の伝統を大事にすることだと思います。その気持ちを大切にしたいと思っています」。ゆえに「当面(社名を)変える気はありません」とのことでした。

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