震災体験と片手袋の意外な共通点

震災体験と片手袋の意外な共通点
誰かが路上に落ちていた手袋を見つけやすい場所に移動させた「介入型」(千駄木、2012年3月23日撮影)

2011年3月11日。あの日、私の住んでいる東京下町の大地も大きく揺れていました。情けないことに普段から災害に対する意識を持っていなかったせいで、何もできずに家族と家の外に出て、ただただラジオの音声に耳を傾けていました。

その時、路上でひとりの外国人女性が呆然と立ち尽くしているのが目に入りました。民族衣装のような服を着ていて、おそらくアフリカ系の人だったと思います。日本語も話せないようで、何が起きているのかさえ分からない様子。声を掛けようかなと、躊躇(ちゅうちょ)していたその時、近くの商店の女性が叫びました。

「あんた、うちの中に入りな!」

思いっきり日本語でしたが、困っている人を見たとき、それが知らない人であっても思わず手を差し伸べた女性。大きく揺れる工事現場のクレーンを眺めながら、私はこの経験を心に刻み込みました。

【写真特集】人の優しさが垣間見える「介入型」の片手袋

「介入型」の片手袋

ちょっと唐突な導入でしたが、この震災の体験と私の研究テーマである「片手袋」には共通点があると思っています。それは垣間見える「人の優しさ」です。順を追って説明したいと思います。

私は片手袋「研究家」を名乗っていますから、落ちている片手袋には科学的・論理的アプローチで接することを心掛けています。「なぜ、誰が片方だけの手袋を落としたのか?」。一枚の片手袋が発生する背景を理詰めで解明していくことは、片手袋研究の最大の醍醐味です。

それと同時に、どうしても文学的・感覚的アプローチもしてしまう。一枚の片手袋の背景にあったかもしれない物語を自由に想像してみる。こうした想像をかき立てられるのも片手袋研究の魅力の1つです。

例えば、酉の市で賑わう神社の境内。人々に次々と踏みつけられていくミトン。これを見た時は、どうしようもなく悲しい気持ちになりました。

「これを落とした女の子は今どんな気持ちだろう? 大好きなお母さんが買ってくれたお気に入りだったんじゃないか? 大泣きして眠れなくなってるんじゃないか?」

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踏みつけられていくピンクのミトン(浅草酉の市、2005年11月21日撮影)

このように、片手袋を見たとき、多くの人の心に湧き上がる感情は“悲しさ”だと思うのです。本来であれば左右そろって役割を果たすはずの手袋が、片方だけになってしまって悲しい。その上、手袋を大事にしていた持ち主とも離れ離れに。片手袋は、本質的にひとりで死んでいく私たちそのものを想起させる鏡のような存在です。

しかし、片手袋は悲しいだけの存在ではありません。道ばたに落ちて、車や人間に踏みつけられるままになっている片手袋を「放置型」と名付けていますが、そうではない、人の優しさを垣間見ることができる片手袋もあります。それが「介入型」です。

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「介入型」の片手袋(春日、2015年1月20日撮影)

「介入型」は、落ちている片手袋を見つけた人が、落とし主が見つけやすいような場所に移動してあげた片手袋です。冬場にガードレールや電柱などを注目してみると出会うことができます。

「人と人との繋がりが希薄」と思われがちな現代ですが、実はこういう優しさが当たり前にあふれている。片手袋を拾った人は、落とした人のことを全く知らないけれど、見ず知らずの誰かの不幸を見過ごせず、思わず手を差し伸べてしまう。こんな人が実はたくさんいる。

私が震災の日に目撃した光景は、こうした「介入型」の片手袋に見ることができる人の優しさと同じなのかもしれません。片手袋は悲しい。しかし、片手袋は優しい。こういう二律背反が同居している不思議さこそ、片手袋の魅力なんです。

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