「ヴァイオリンのためならなんでもする」日本唯一のヴァイオリンキュレーターの夢

「ヴァイオリンのためならなんでもする」日本唯一のヴァイオリンキュレーターの夢
ヴァイオリンキュレーターの中澤創太さん(撮影・中村英史)

ヴァイオリンをはじめとする弦楽器の販売、買い付けや修理・製造を行う日本ヴァイオリン株式会社の中澤創太社長(33)。日本で唯一の「ヴァイオリンキュレーター」を名乗っています。ヴァイオリンやクラシック業界全体を盛り上げるため、ヴァイオリンの芸術品としての価値を見出し、その研究や情報収集を行い、紹介しています。

小さい頃からヴァイオリンにふれ、その魅力にとりつかれたという中澤さん。今年10月には、弦楽器の最高峰であるストラディヴァリウスの楽器を集めた展覧会をアジアで初めて開催する予定です。ヴァイオリンや展覧会への思いを聞きました。

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ヴァイオリンってマイナーだったんだ

――中澤さんは、昔からヴァイオリンが好きだったんでしょうか?

中澤:もともと父が楽器製作者で、「日本ヴァイオリン」を創業しました。母はヴァイオリン奏者で、僕は物心ついたときからヴァイオリンに囲まれて育ってきたんです。たくさんのヴァイオリンを見たり、弾いたり、調べたりして、僕にとってはヴァイオリンがあることが当たり前でした。

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工房には、修理を待つヴァイオリンがずらりと並ぶ

でも、小学校の時ふと、ヴァイオリンというかクラシックって全然流行ってない、流行ってないどころか知られていないんだ、と気づきました。大げさじゃなく、学校内でヴァイオリンを習っているのって僕だけという状態というか。それで、ヴァイオリンの魅力を知らない人にもっと知らせなきゃ、広めていかなきゃ、という気持ちを抱いたんです。

――ヴァイオリンの演奏者になるという選択肢はなかったんでしょうか。

中澤:もちろんヴァイオリンを習っていたし、弾く機会はいまでもありますが、僕はもともとヴァイオリン自体が好きで、最初からそっちに興味がありました。高校の時にロンドンに留学したんですが、それも世界中から楽器が集まる街だから、という理由でした。平日は勉強して、土日は楽器市やオークション会場を見に行ったりと、とにかくたくさんの楽器を見て、どっぷりとハマりました。

その後日本の大学に進学しましたが、その頃から日本ヴァイオリンで楽器の仕入れ・販売を始めていたので、大学にでかいスーツケースを持って行って、そのまま成田空港に直行して買い付けに行ったりとか。そんなことばかりやっていたので、留年しちゃったんですが(笑)

「クラシック業界の狭さ」を痛感した広告代理店時代

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――すごいですね!では、その頃からずっとこの会社に?

中澤:いえ、大学を卒業してからは広告代理店に入ったんです。ヴァイオリンやクラシックって、ぶっちゃけ誰にも知られていない。この狭い業界にそのままいたら、視野がどんどん狭くなってしまうと感じて、他の業界の手法を学ぼうと思ったんです。

最初は音楽とは全く関係ない、衣料や飲料メーカーなどの担当になりました。「日常に密接に関わっているもの」がどのように売られているかを知れたのはすごく大きかったですね。でも社内でも「ヴァイオリン屋の息子」として知られていたので、徐々に音楽の案件などを任されるようになって、音楽祭の担当とかもやらせてもらって、充実した経験ができました。

それと同時に、いかにヴァイオリン、クラシックの世界が狭いかということ、そしてその狭さに満足してしまっているか、というのを改めて痛感しました。業界内にいる人は、外に広げていく気が全くないんだなというか…。それに気づいたら「本当にクラシック業界をどうにかしないと」とすごく冷静になって、そのタイミングで代理店を辞めてこの業界に戻りました。もう今やらないと手遅れになってしまう、今すぐ何かやらないと、と思ったんです。

日本はクラシック不毛地帯

――業界を盛り上げる、といってもなかなか難しそうな感じがあります。

中澤:はい。とにかくクラシックはマイナーなので、まずは裾野を広げていく活動が絶対に必要だと思っています。日本はまず、クラシックのコンサートのチケットが高い。だから敷居が高く思われがちなんですが、これって要は人気がなくて、スポンサーが集まらないからなんです。スポンサーなしで公演をやったら、赤字になります。欧米ではファンも多いし、スポンサーもバンバンつくから、チケットが安くて気軽に買える。それでもっとみんなが行くようになる。完全に環境が違うんです。

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そういう状況を変えるためにも、クラシックを聞く人が増えて、日本全体のレベルが上がっていくようにしたいんです。狭い業界内での権利の取り合いになるのではなく、みんなを巻き込んでいきたいと思います。

ヴァイオリンの王様、ストラディヴァリウスを集めて

――10月には、森アーツセンターでストラディヴァリウスを21挺(ちょう)も集めた展覧会を開催しますが、その意図とは?

中澤:ストラディヴァリウスは、ヴァイオリンの王様です。今から約300年前のアントニオ・ストラディヴァリという職人が作ったヴァイオリンで、今は世界に600挺ほど存在しています。

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僕はクラシックをもっと広めたいと思っていますが、クラシックの中心はヴァイオリン。そしてそのヴァイオリンの最高峰が、ストラディヴァリウスです。ストラディヴァリウスは1挺1億円を超えるものもあり、その値段ばかりに注目が集まりがちですが、フォルムの美しさという美術品としての価値もあり、楽器としては独特の「音色(おんしょく)」を持っています。

最近はTV番組などでストラディヴァリウスの音を機械ではかって「一般の楽器と変わらないのに、値段が高すぎる」なんていう企画も見かけますが、あんなのはとんでもない。機械ではわからない、人間にしかわからない「音色」があるんです。たとえば、ホールの隅々までクリアな音が届くような、心に響くようなものなんです。

まずはとにかく見に来てもらいたいし、実際に音色を聞いてほしい。なので、期間中は毎日ミニコンサートも開催します。

――基本は楽器を展示しているんですよね? 弾かずに、楽器を見せるのって珍しいかなと思いますが。

中澤:欧米では、楽器そのものにも芸術品としての価値が認められて、「見て楽しむ」という習慣が確立しています。機能美を追求した楽器は、見ているだけでも素晴らしさを感じてもらえるはずです。ストラディヴァリウスは時代によって「初期」「挑戦期」「黄金期」「晩年」の4つのカテゴリに分かれており、それぞれフォルムが全く違います。今回21挺を展示することで、その違いもじっくり見てもらえればと思っています。

日本で展覧会を開催する意味

――展覧会を開催するにあたっては、苦労も多いのではないですか?

中澤:めちゃくちゃ大変ですよ! とにかく調整につぐ調整です。楽器一つひとつをとっても、借りてきたり、輸送したり、保険はどうするんだという相談をしたり…。実は大規模なストラディヴァリウスの展覧会は世界的に見ても1987年以来ですし、アジアでは初めてなんです。これを開催することで「日本って面白いことやってるな」と、世界から一目置かれるようになる。そういうねらいもあります。

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ただ最初はまったくツテがなくて、ストーカーのようなこともしました(笑) イタリアにクレモナという楽器の街があり、ここのヴァイオリン美術館の協力が絶対に必要だったんですが、誰も知り合いがいない。何をしたかというと、館長が来そうなカフェに4日間張り込みを続けました。最初はめちゃくちゃ怪しまれたんですが、2日目からカフェの人が協力してくれて、コーヒーがただになりましたよ(笑) 待っていたんですがなかなか会えなくて、フライトも変更して粘って4日目で、ついに会って話ができました。

それから、今回の会場となる森アーツセンターも、一筋縄ではいきませんでしたが、必死で最後まで粘って交渉して貸していただきました。

とにかく、一人でも多くの人に「ヴァイオリン面白いな」「クラシックっていいな」って思ってもらいたい。そのためなら、これからもなんだってしようと思います。

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