くさやの干物とドビュッシー

ドビュッシーと干物の遭遇(イラスト・古本有美)

「ひとりを楽しむ」といえば、公園だ。自宅から二キロばかりのところに大きな都立公園があり、月に一度はそこまで歩き、外周をぶらぶらと散策した後、脇の図書館に寄って帰るのがお決まりのコースである。

公園では、さまざまな人たちが思い思いのことをしている。ヘッドフォンをしながら走る人、テニスボールを無心に壁打ちする人、ベンチで本を読む人。人の数はそれなりにいるのに、お互いをまるで風景のように眺めている。

考えてみれば都会の公園は、静かなカオスである。知らない人たちが適度な距離を置き、無関心を装いながら共存している。ただ、表向きは平和な光景も、何かのきっかけでその様相を一変させる潜在性を秘めているようにも見える。

朝から酒を飲ませる公園

ある日、朝から公園に行くと「東京地酒展」という黄色い立て看板が出ていた。東村山や福生といった都下の蔵のほか、都心の蔵で醸された地酒もあるという。これはDANROのコラムにおあつらえ向きのイベントではないか。

会場を探していると、小雨が降ってきた。小走りでテントに駆け込むと人影も少なく、バルーンアートのおじさんも派手なコスチュームで手持ち無沙汰にしている。この天気では子どもも集まりそうにない。

「くさや干物あります」

ふと壁を見ると、一枚の張り紙があった。念のため書くと、くさやとは独特の匂いの発酵液に漬けられた魚の天日干しのことだ。コンロもあるが、のぞき込むとまだ火が入っていない。よし、ここは最初に焼いてもらおうじゃないか。

すみません、と声を掛けると、テントの裏からベレー帽をかぶった若い女性が飛び出してきた。この子が焼くのだろうか、と思いながらムロアジを頼むと、こんどは髭面の体格のいい男性が出てきてコンロに火を点けた。

少年野球の集団に遭遇

テントの奥から外をうかがうように座っていると、くさやを焼くときの独特の匂いが漂ってきた。数少ない客たちも、あれ、くさやかな、などと囁いている。

そのとき、雲の隙間から光が差して雨がやみ、少年野球の集団が現れた。朝練の帰りなのか、それとも試合会場に向かう途中なのか。彼らの前には、くさやの煙が立ちはだかっている。

「くっせー、なんだこりゃ」

調子のよさそうな色黒の小柄な男の子が、甲高い声で口火を切った。そこから少年たちが嬉々として、格調高いウェブサイトに書くことがはばかられるような三文字を口々に叫び始めるのは避けられないことだった。

勢いをさらに煽るように、バルーンおじさんが陽気なアニメソングを大音量でかけ、イヌやパンダの風船人形を作りはじめた。湿り気を含んだ重たい空気の中、ようやく祭が息を吹き返してきた。

「お酒、何にしますか」

女の子が焼き立てのムロアジを持ってきてくれた。当然のように飲むよねという顔で酒の銘柄を聞かれ、おまかせしていいかなと言うと、「きょうは東京でここでしか飲めないものがあるんですよ」と返してきた。無論、それしかない。

穏やかな飲み口の芋焼酎に酔う

透明なプラコップに入れられて来たのは、八丈島の「江戸酎」という芋焼酎だった。しまった、DANROにはずっと日本酒で書き続けていたのに。そもそも「東京地酒展」という看板に惹かれて来たのではなかったのか。

いやいや、八丈島のくさやは、八丈島の焼酎で楽しんだ方がいいではないか。掲載媒体に縛られて生きる道を選ぶ必要はない。書くか書かないかは、後で決めればいいことじゃないか、などと自問自答しつつ箸を取った。

くさやは漬け汁をだいぶ落として焼いており、風味は比較的マイルドだ。そこに焼酎を合わせてみると、意外なことにまろやかで角がなく、穏やかな飲み口だ。こう蒸し暑くては難しいが、お湯割りにするとより香りが立つだろう。

スマホで調べると、江戸酎という焼酎は八丈島産のさつま芋を三種類、ぜいたくにブレンドしているそうだ。同じ蔵には、芋に麦をブレンドした三十五度の「島流し」というインパクトのある名前の焼酎もあった。

いつしか子どもたちが立ち去り、静けさが戻っていた。その中でくさやをつまみに芋焼酎をストレートで飲んでいると、やはり徐々に酩酊せざるをえない。

ふとポケットをまさぐると、丸まったイヤフォンが出てきた。こういうときは何を聴けばいいのだろうか。晩年にアルコール依存症を疑われていた、ピアニストのサンソン・フランソワ。彼の弾いたドビュッシーなど、どうだろうか。

かすれた「レントより遅く」

四十六歳の死で未完に終わった彼のドビュッシー全集で、個人的に最も好きなのは「レントより遅く」(1910年)というワルツの小品だ。この曲は俗謡のような親しみやすい長調のメロディで始まるが、フランソワはあえて短調にも聞こえる不穏な低音を前面に出して、右手を消え入るように弾いた。

水墨画のようにかすれたドビュッシー。それは天才ピアニストが見出した最晩年の境地なのか、それともウィキペディアにある「呂律が回らない」状態だったのかは分からない。しかし、これが土曜の朝の酩酊状態によく合うのである。

目をつぶって幻想的な響きに耳を傾けていると、どこか別のところで聴いた音楽がぼんやりと浮かんできた。冒頭の五音を口にしてみて、それがJ-POPの名曲「乳房の勾配」(1998年)であることに思い当たった。音楽プロデューサーの冨田恵一が、キリンジをフィーチャーした稀代のエロソングだ。

移動ドで読むと「ソラシレシ」とでも言えばいいのだろうか。なぜ「乳房の勾配」が、こんな奇妙な音型で始まるのか、長いこと不思議だったのだが、元ネタがドビュッシーだったとは。これはどう聴いたって、そうだ。

「エウレカ、見つけたぞ!」

思わずアルキメデスのように、そう叫んで立ち上がりたくなった。公園を行き交う人の中に、この大発見をともに分かち合ってくれる人はいないだろうか。しかし、ひとりの時間に没頭している人たちに向かって、そう話しかける勇気は湧かなかった。もし興味のある方がいたら検索してみて欲しい。

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