僕の運命を変えた「イカ天」~元たま・石川浩司の「初めての体験」

僕の運命を変えた「イカ天」~元たま・石川浩司の「初めての体験」
「イカ天」に出演した「たま」(イラスト・古本有美)

深夜の超人気番組「イカ天」

三宅裕司のいかすバンド天国、通称「イカ天」。深夜のテレビ番組で、平成元年(1989年)に人気を博していた。深夜1時~3時という深い時間帯にもかかわらず視聴率が高く、「お化け番組」と言われ、その年の流行語大賞の大衆賞も取った。今のM-1に近い人気と言えば分かりやすいだろうか。 

アマチュアバンドのコンテスト番組で、毎週10組のバンドが出場する。審査員は、音楽評論家やプロのミュージシャン数名。審査員がつまらないと思うと、「ワイプ」というボタンを押して、演奏画面がどんどん小さくなっていく。ボタンを押す審査員が多いと30秒もしないうちに演奏画面が消されてしまうこともある。ボタンを押されずに3分経てば「完奏」だ。

10組のバンドのうち最優秀だったバンドが、前週までの「イカ天キング」と対決。勝者がその週の「イカ天キング」となる。5週勝ち抜いたバンドは「グランドイカ天キング」と呼ばれ、殿堂入りになる。

この番組が始まった当初は、生放送での演奏だったのだが、あるバンドの女性メンバーが演奏中に突然パンツを脱いで、あわや「モロミセ」になりそうなハプニングがあった。その後、その手のハプニングはさすがにヤバイということで、生放送ではあるのだが演奏シーンだけは当日の昼間に収録されることになった。このように何かと話題になった人気番組だった。

「イカ天」に出演することになったワケ 

さて、僕が当時やっていたバンド「たま」だが、やはりこの番組は話題に上り、「出るべきか、出ざるべきか」で意見が真っ二つに分かれた。

「出てもいいんじゃないか派」は次のような意見だ。東京ではライブハウスにそこそこお客さんが入るようになったが、地方のツアーはまだまだ動員が少ないので、テレビを通して地方の人にも実際の演奏を届けることができる。

一方、「出るのはいかがなものか派」は、「今ブームになっている番組にブームだからとへーこら出るのは安易すぎる。徐々にお客さんの動員も増えているのだから、このままコツコツやればいいのではないか」という意見だった。

しかし僕たちは優柔不断だったので、「うーむ」と腕組みをしたまま、いつのまにか数週間も経ってしまった。そんな様子を見かねた「たま」のスタッフ(現在はパスカルズで一緒に演奏しているあかね)が、だらしない男どもに業を煮やして、メンバーに何も言わずにデモテープを番組に送ってしまったのだ。

するとすぐに事務局から返事がきて、「収録日の決定」を知らされた。僕たちは「ええっ!?」と思ったが、「収録日が決まったんじゃなぁ・・・じゃあ、出るか・・・」と、相変わらず優柔不断なまま、出演することにした。

最初に出演した日は、1989年の1111日。奇しくもバンド結成5周年の記念日だった。この日は、毎月恒例で出演しているライブハウス「MANDA-LA2」でのライブとも重なっていたため、昼間にテレビ局で演奏シーンの収録を済ませると、大急ぎでライブハウスに行って、「あの~、これから『イカ天』に出まーす」とお客さんに言って、また大急ぎで車を飛ばして深夜のテレビ局へ戻った。

運命の「イカ天キング」に

番組が始まり、いよいよ僕たちの番が来た。曲は歌舞伎調のネットリとした「いよぉぉぉ~」という掛け声から始まる「らんちう」。演奏映像が流れはじめた時、僕たちの願いはただ一つだった。

「ワイプボタンで消されずに、『完奏』まで流れてくれー。おたの申しますー」

僕たちのバンドは変わっていたので、「こういうふざけたのは駄目ですね!」と、審査員から軽いコメントを一言もらってアジャパーという可能性だって、充分にあり得るからだ。インディーズではちょっとだけ名前が出てきたところだったので、「正体見たり、枯れ尾花!」のような形で逆にイメージダウンし、かえってお客さんが減るおそれだってあった。

しかし結果は「完奏」。審査員の中島啓江さんからは、「もしかしたら凄いかもしれない」とのお言葉も頂戴した。それでも「イカ天キング」になるとは全く考えていなかった。なにしろ、それまでイベントに出演してもどのジャンルからも異端児扱いされ、言わば「醜いアヒルの子」だったからだ。

ところが、演奏から30分ほど経つと、番組に異変が起きた。番組には審査員の他に、数十名の「在宅審査員」がいるのだが、特に気に入ったバンドがあるとFAXで連絡があり、そのバンド名が書かれたホワイトボードに、選挙よろしく赤い花の飾りがつけられるのだ。ほとんどのバンドは多くても34個。ところが「たま」のホワイトボードには、みるみる10個以上のバラがつけられたのだ。前代未聞といっても良い数だ。

「あ・・・れっ?」

メンバーはちょっと唖然とした。通常はそのボードを見ながら、司会の三宅裕司さんがFAXを読み上げるのだが、このときは違った。番組がCMに入った瞬間、ディレクターの慌てた大声が会場に響き渡った。

「『たま』だけ別で!『たま』だけ!他のバンドはまとめてコメントしちゃって下さい!」

そのちょっと異様な雰囲気とバラの数を見て、「・・・もしや!?」と思い始めた。結果、最優秀のバンドに選ばれ、前週までの「イカ天キング」も破り、「新イカ天キング」になった。ギターの知久君は最優秀ボーカル賞を、僕も何か特別賞みたいなものまでもらった。

番組が終わり、僕たちはちょっと高揚しながら、朝方でも開いている歌舞伎町の「養老乃瀧」に行き、ひとまず乾杯した。

「あの・・・僕たち・・・勝っちゃったんだよね」

「・・・そうみたいだね」

「あれ? ってことは来週も出るってこと?」

全く勝ち抜くことなど考えていなかったので、当然次の週の曲もな~んも考えていなかったのだ。

「どうしようか? せっかく評判が良かったから、また知久君の曲でいく?」

「いや、『たま』は全員がボーカルをするし、せっかくだから他のタイプの曲もどんな反応があるか、知りたくない?」

「じゃあ、柳ちゃんの曲でいくか。何にしよう?」

「まぁ、今回の『らんちう』がアングラ丸出しだったから、ちょっとポップな『さよなら人類』なんかどう?」

「あぁ、それでいいかー」

こういう流れだった。なので一週目に勝ち抜いていなかったら、その後ヒットソングになった「さよなら人類」は、世間に知られることもなく葬り去られた可能性もあったのだ。

一夜にして女子高生に追いかけられる有名人に

番組終了から数時間後、僕たちはテレビという巨大メディアの影響力をまざまざと知ることになる。一夜明け、その日の午後に起きた僕は、知久君と「サンディー&ザ・サンセッツ」のライブに行くため、新宿駅で待ち合わせをしていた。 

すると電車の中で、ちょっと離れた席の高校生らしき女の子たちが、「昨日の『イカ天』観た? 凄いの出たよね」と話しているのが聞こえてきた。

「あれって、もしかして僕たちの事かなぁ・・・」と、知久君と小声でコソコソ話していた。そして目的地の駅に着いて電車から降りた瞬間、ホームにいたオッサンが「うわあぁぁぁぁ!!」と、僕たちを見て腰を抜かさんばかりの大声をあげた。僕たちは化け物か・・・。

「た、たまの方たちですよね!?」

「はい」

「き、きのう観ました。よ、良かったです!」

「あ、ありがとうございます」

そして「サンディー&ザ・サンセッツ」のライブ会場に着くと、みんなこっちの方を見て、ひそひそ話している。

「あれ・・・僕たちのこと、うわさになってるのかなぁ」

ただライブハウスに足を運ぶような人は、「イカ天」を観ている確率も高いと思ったので、「ちょっと有名人?」くらいに思っていた。しかし、その次元ではないことに、帰りの新宿駅ではっきり気づかされた。ホームで電車を乗り換えようとしていると、女子高生の集団がドドドドッとすごい勢いで近づいてきた。

「たまだー!」

「たまがあそこにいるぞー!」

僕たちはあわてて電車に飛び乗った。

「ど、どうなってるんじゃあぁぁぁぁーっ!!

たった一夜にして、無名だった僕たちが、いきなりシンデレラのように注目を集めてしまったのだ。

目まぐるしく変わる環境 

その後僕たちは、「イカ天」で4週勝ち抜き、最後の5週目に臨んだ。選んだ曲は「まちあわせ」。

「どうせ勝っても負けても演奏を見せることができるのはこれが最後なんだから、思いっきりギャフンとコケさすか」

僕たちはあろうことか、バンドコンテストなのに楽器はギター1本のみで演奏。僕だけランニング姿でボーカルを取り、あとのメンバーはタキシードを着て、無表情でコーラスをするだけというふざけた歌であった。

それでも世の中の「流れ」というものは恐ろしい。なんとその日の特別審査員の大島渚監督が絶賛をしたおかげか、5週勝ち抜いて「グランドイカ天キング」になってしまったのだ。

それからはもう目まぐるしかった。メジャーデビューしたのは半年後だったが、デビュー前に「たま現象」といわれるほど話題になり、NHKの報道番組で取り上げられたり、いくつもの雑誌の表紙を飾ったり、テレビCMに出たり、硬派ジャーナリストで有名だった竹中労さんが僕らの評論本を出したりで、まさにすべてが変わってしまった。

もちろんブームは数年で過ぎ、バンドも解散し、あれから30年近く経った。だが、いまだに細々とでも当時のメンバー全員が音楽だけで食べていけてるのは、この番組出演があったからである。人生は時々、予想もしていなかったことが起きるから、面白くてやめられぬ。

このコラムは拙著「『たま』という船に乗っていた」から一部抜粋し、加筆修正したものです)

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