働き方に新しい選択肢を 「ベーシックインカム社員」とは?

働き方に新しい選択肢を 「ベーシックインカム社員」とは?

会社のビジョンに共感はしていても、別の理由でうまくいかずに会社を辞めることになってしまった、という経験をしたことはありませんか? そんなときに組織と個人が互いに歩み寄ることができる新しい働き方を提案し、実践している会社があります。名付けて「ベーシックインカム社員」。それはどんな働き方なのでしょうか? ウェブメディア「70seeds」とそれに連なるオンラインストアなどの運営を通して、スモールビジネス支援事業を展開する株式会社am.の代表、岡山史興さんに聞きました。

お互いに希望をすりあわせる

――まず、「ベーシックインカム社員」が生まれたきっかけを、教えてください。

岡山:他のメディアで2年の経験があって、うちに入って5カ月くらいだった編集やライティング業務を担当する社員が、「地方に足を運んで現場を見たり、取材活動をする時間を増やしたいから、独立したい」と言ったことがきっかけでした。僕は、彼と仕事をすること自体に意味があると思っていたので、辞めてほしくなかった。それに基本的に、社員から退職の思いを聞かされるのはさみしいことなので、僕の努力が足りなかったんじゃないか、もっと彼の望んでいた環境をつくれたんじゃないかと反省しました。だけどそんなことを言っていても仕方ない。そこで、全部自分で抱え込むのではなく、外の力を使えば合理的かなと思ったんです。

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「ベーシックインカム社員」という新しい仕組みを導入した岡山史興さん

――「外の力を使う」というのはどういうことですか?

岡山:地方に取材に行く時間がほしいという希望も、仕事さえ進捗していれば出社する必要はありません。また、彼は編集やライティングのスキルアップも望んでいましたが、それはうちより適切なところがあるかもしれないということです。こちらとしては、サービスをつくって収益を上げていくために彼の書ける力がほしいし、彼のようにビジョンに共感して仕事をしてくれる存在は貴重です。だったら、お互いに希望をすりあわせたほうが合理的です。

――実際に、どんな労働条件を提案したんですか?

岡山:うちの会社の仕事のなかの一部で、彼に合っていた自社メディアの編集やライターさんのマネジメントを任せて、その仕事分だけの最低限の給料を提供することにしました。その他の仕事を追加でお願いする場合は、その分だけ業務ベースで給料に上乗せする仕組みです。出社は週2日。雇用期間の定めのない正社員契約、社会保険完備です。

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岡山史興さんが描いた「ベーシックインカム社員」のイラスト

――それが「ベーシックインカム社員」ですね?

岡山:はい。すべての人に毎月一定額を無条件で支給する社会保障政策の「ベーシックインカム」とは違いますが、安心して働けるよう個人に対して支払うものであることから、「ベーシックインカム社員」と名付けました。

「これは甘い話ではない」

――初のベーシックインカム社員となった方は、「他の仕事で学んだ知識をam.で活かすことができたし、満員電車が嫌いなのでストレスフリーになった」と言っていました。働く側にとってメリットが多いようですが。

岡山:でもこれは甘い話ではなくて、この制度を適用するには、会社と個人がお互いに魅力的であることが求められます。その個人に能力があるから、会社はベーシックインカム社員としてでも働いてほしいと思う。また逆に、ベーシックインカム社員としてでも働きたいと思ってもらえるくらい会社は魅力的である必要があります。会社と個人のやりたいことの一致度が高ければ、そもそもこういう制度も必要がありませんが、彼の場合がそうであるように、なかなかマッチしないのが現実です。

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――岡山さんは戦略PRコンサルティング会社で働いたあと、2014年に独立してPR会社を共同創業し、17年にいまの会社を設立しましたね。これまでの経験も、この制度をつくったことに関係ありますか?

岡山:戦略PRコンサルティング会社を辞めますと言ったとき、当時の社長は、これから起業しようとしている僕に「仕事をまわしてあげる」とか「フリーの人に出資して合同会社を作らせる構想がある」と話していたのですが、結局それは実現せず、関係性は切れてしまいました。このような、相手にとってあまり誠実ではない印象を与えてしまうかかわり方は嫌だし、もったいないと思いました。また、僕が前に共同経営していた会社では、人間関係の問題から社員がなかなか定着せず、「会社に自分のやりたいことはあるけれど」と言いながら辞めていったメンバーが複数いたんです。それでは生産性も上がらないので、マッチングについて考えるようになりました。

「プロ・ベーシックインカム社員」の誕生

――最初のベーシックインカム社員になった方はその後、独立しましたね。その理由は、「この制度に甘えている自分がいた。また自分の目指す方向性のために、より自由に働きたいと思ったから」ということでした。

岡山:仕事を詰め込み過ぎてこなせないときがあって、彼自身がそれはよくないと判断した結果です。ただ、社員ではなくなりましたが、いまも彼と仕事の関わりは続いています。その後、経験あるプロフェッショナル二人が、「プロ・ベーシックインカム社員」として入社しました。

――そのお二人はどんな方々で、どんな経緯で「プロ・ベーシックインカム社員」になったんですか?

岡山:ひとりはもともと取引先の人で、そこを辞めてフリーランスになるということだったので誘いました。これから他の会社に役員として参画する予定もある人で、これから収益化を目指していた事業を任せて、いまは収益がたってきた状態です。もうひとりはIT企業で広報と人事をしている人ですが、うちの会社に遊びにきていて、一緒にある新しいプロジェクトをやりたいねという話になり、「ベーシックインカム社員という制度があるよ」と誘ったら、週2で来てくれるようになりました。

――「ベーシックインカム社員」と「プロ・ベーシックインカム社員」は、どのように違いますか?

岡山:プロ・ベーシックインカム社員になる人は、経験あるプロフェッショナルなので、ベーシックインカム社員のように業務ベースで任せるのではなく、ミッションベースで仕事をお願いしています。その仕事に対する最低限の給料を支払って、ミッションから収益が生まれたら追加報酬を関係メンバーと山分けする、という仕組みです。条件で共通しているのは3カ月ごとの契約見直しがあることだけ、それ以外は社会保険のありなし含めて、それぞれの個人の事情により契約内容が違っています。

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プロ・ベーシックインカム社員・加勇田雄介さん

<プロ・ベーシックインカム社員・加勇田雄介さんの話>

「ベーシックインカム社員」という響きがいいなと直観的に思いました。働き方改革で副業が解禁されるなど、働き方が自由になってきていますが、それは「国や企業にあなたの人生を預けないでね」ということでもあると思います。自分の収入は自分で守らないといけない。他社でベーシックインカム社員として雇われていることは、価値が認められているということだから、給料の交渉でも武器になるセーフティネットだと思います。そう考えて、まずは自分が実験台としてやっています。

小さな多様な力が社会を変える

――岡山さんの会社には現在10人の従業員がいるということですが、プロ・ベーシックインカム社員を雇うことのメリットは何ですか?

岡山:うちの会社では中間管理職を置きません。トップの意向も汲み取れず、現場のマネジメントもできない中間管理職が組織をダメにする様子を、僕自身がコンサル時代にたくさん見てきたからです。それならば、役職が上がっていくのではなく、役割が変わっていくようにすればいい。プロ・ベーシックインカム社員は、この組織のなかで上司ではなく、メンターやコーチとして存在し、個々の社員の成長を後押しします。そして社員の成長がベースになって、その社員の能力とコミットが評価される、という仕組みです。成長した社員は経営に関わっていくなり、違うフィールドへ転職するなり、独立して起業するなりしていけばいいんです。

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――「ベーシックインカム社員」も「プロ・ベーシックインカム社員」も、自律した個人として、会社と他の組織を繋げる役割を果たす。そして「プロ・ベーシックインカム社員」は会社で自律した個人を育て、その自律した個人がまた、さまざまな組織とつながっていくんですね。

岡山:そうですね。これまではどこかに所属するか、独立して全部ひとりでやるか、だったけれど、ベーシックインカム社員はそのあいだの選択肢です。個人は、いろいろな組織と関係をもつことで、逆にひとりの時間が充実する。どこか大きな組織に依存するのではなく、たくさんの小さな組織や個人と薄くフラットに繋がることで、より独立性が保たれると考えます。そうなると、社会のポートフォリオを強くする形で、小さな組織がどんどん増えると思います。たとえば、子どもが教育機会に恵まれる社会をつくりたいと思ったら、どこか大手に入るのではなく、こことここに属することで貢献できる、というように。ひとつの大きな力より、こうした小さな多様な力のほうが、社会をよくする最適解により速く到達できると思います。

――ウェブでベーシックインカム社員について書かれていましたが、反響はありましたか?

岡山:反響は大きかったです。ベーシックインカム社員として働きたい、制度について知りたいという問い合わせもありました。まだ始めて半年を過ぎたくらいの制度で、既存社員とのすり合わせなど課題も多いんです。それでも組織に学びを与えてくれるような人たちから「ベーシックインカム社員になりたい」と言われるのは、ありがたいことだと思っています。

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