深夜バスで新潟の立ち食い寿司に行く

深夜バスで新潟の立ち食い寿司に行く
佐渡の酒と寿司の組み合わせは格別(イラスト・古本有美)

「ひとりを楽しむ」といえば、深夜バスだ。木曜の夜は遅くまで仕事をして、翌日のカレンダーに「休み」と入れたら、東京駅前のバスターミナルから零時発の便に乗ろう。朝の七時前には新潟に着くから、金曜はまるまる自由時間になる。

さて、きょうはどの店に行こうか。こういうときは品揃え豊富な地元の酒屋に聞くのが一番いい。酒をきちんと管理している店を把握しているし、地物は何が旬で、何の酒が合うのかを熟知していることが多い。

スマホで検索すると、錦屋酒店というお店が九時に開くという。近くのビジネスホテルの岩盤浴で少し仮眠し、シャワーを浴びて店に向かっていると、駅ビル内の回転寿司がのぼりを出して開店準備をしているではないか。

どの白身も確かに繊細でうまいのだが

いま旬の魚はどれで、何がねらい目なのか。他人にものを尋ねる前に、自分なりの仮説を持っておくことは大切だ。一番客でカウンターに座り、「新潟産」と書かれているものを端から注文してみる。

駅前に日本酒「朝日山」の大きな看板があった。その一合瓶を冷やで飲んでみる。価格はリーズナブルなのに、澄んだ酒の味がある。いかにも酒好きの新潟人に支えられてきた、という感じがして気持ちがいい。

そうするうちに注文したものが届く。厚めに切られたコリコリのメバル、甘みとうまみのあるカワハギ。柳カレイにマトウ鯛、カレイに似た舟ベタとキスの握りは初めて食べた。同じ白身でも味わいがそれぞれ違って楽しめる。

うまい、うまいなあ。シャリも甘くボリュームがあって、酒とともに朝の空腹に染みわたる。しかし食べているうちに、贅沢な気持ちが沸き上がってきた。身の程知らずの生意気な言い方だが、繊細な白身に対してシャリが強すぎるのである。旨すぎるといってもいい。

ふだんは旬でも地物でもないマグロやサーモンを頼む人たちを密かに軽蔑していたが、このご飯なら漬け丼か海鮮丼にしたらおいしいだろうなあ。しかし、ここはやせ我慢だ。自分にはまだやらねばならないことがある。

「佐渡産を頼めば間違いないですから」

錦屋酒店では、なんとお手製の飲食店マップを作成していた。地図の裏面には二十軒の飲食店とおすすめメニューのリストまである。先ほどの罰当たりな感想を伝えると、女将の加藤裕子さんは微笑みながらいくつかのお店にマーカーを引いてくれた。

「みなさん、おいしいお料理には詳しいんですけど、お酒との組み合わせは簡単ではないみたいで」

しかし最も興味を引いたのは、リストにはない「弁慶」という店だった。回転寿司だが、立ち食いもあるという。堅苦しいところが嫌いな自分にはぴったりだ。加藤さんには、佐渡産と書かれたものを頼めば間違いないですからね、と念を押された。

店の外に出ると、どこからか海のにおいがしてきた。その方向に北へ歩いていくと港があり、目当ての店は新潟漁協の事務所近くの、改造されたコンテナの中にあった。平日ということもあり、お客は誰もいない。貸し切り状態だ。

壁に目をやると、本日のおすすめの札には佐渡産を表す「佐」の字が並んでいる。どれもおいしそうだが、平日ランチ限定の特選握りにしてみよう。「錦屋さんのご紹介で」というと、大将は「お酒ですね」とにこやかに応じてくれた。

実は朝方も飲んできて、白身に合うお酒を探しているのです、と明かすと、「少し香りのあるものをおすすめしようと思っているのですが、大丈夫でしょうか」という。おお、淡麗すっきりではなくていいのか。

フルーティな香りが引き、淡麗な旨味が残る

ガラスの片口になみなみと注がれたのは、佐渡で一番小さな蔵で醸されている「至(いたる)」というお酒だった。口にすると軽めのフルーティな香りが立ちのぼるが、それがスッと引き、淡麗な旨味が残る。これはかなり好みだ。

そこに寿司がやってきた。マグロの赤身とトロ、コハダ、アラ、タコ、むしえび、生えんがわ。それに炙った金目鯛とノドグロだ。

初めて見るアラは、九州地方のクエとは別のスズキの仲間だという。しっかりとした旨味がある白身で、後でウィキペディアを見たら「美味であるが漁獲量は少なく、市場にはあまり出回らないため高級魚とされる」と書いてあった。運がよかった。

生えんがわも初めて食べたが、噛むごとに上品な脂が溢れてくるし、定番のタコやむしえびなども決してありきたりなものではなく、一つひとつにしっかりとした味の個性が感じられる。

二杯目のお酒は、原料米も精米歩合も非表示の「村祐(むらゆう)」。やや内陸の新津の近くで醸された夏の生酒で、柑橘類のような酸味が食欲を刺激する。お米からどうやってこんな香りを引き出すのかと不思議だが、飲んでいて本当に楽しいし、舌の先で甘みを感じる白身を邪魔しない。

佐渡で獲れた特大の岩ガキと、皮ハギの肝で残りのお酒を味わい、海老の頭の味噌汁で締めた。すっかり上機嫌で感想を述べると、大将が電話番号の入った名刺をくれた。帰り道に再び錦屋酒店に立ち寄って女将さんに礼を伝え、お勧めの四合瓶を二本買ったのは言うまでもない。

ネタの旨味を引き出すのも「米の力」

東京に帰り日常生活に戻ってから、どうしても気になることがあった。あの寿司には、他の店にはない秘密があるに違いない。たまらず気になった点をいくつか書き留めて、名刺の電話番号にショートメールで送ると、ある日の昼下がりに電話がかかってきた。弁慶の小崎和彦社長からだった。

「うちの寿司の魅力をしっかりと認めていただいて、ありがとうございます。これまでの陰の努力が報われて、日の目を見たと思ったら嬉しくって……」

小崎社長の実家はもともと佐渡の魚屋さんで、いまは佐渡で回転寿司を営んでいるが、七年ほど前に新潟市にも進出。最初は佐渡流の甘口しょうゆや砂糖多めのシャリが受け入れられず苦戦したが、都市部のお客さんの声を取り入れながらここまで来たということだった。

佐渡沖は有名な漁場だし、魚の仕入れや運搬にも工夫があるに違いないが、「魚の鮮度はお客さんに作っていただいていますから」と謙遜する。消費量が増えればネタも新鮮になるという意味だろう。かわりに強調していたのは、米へのこだわりだった。シャリのうまさが米によるのは当たり前だが、ネタの旨味を引き出すのも米だという。

仕入先は、佐渡で米作りをしている契約農家だ。兼業が主流の今どきの農家では、五月の連休に田植えをしたいとか、病気に強く風雨にも倒れにくいといった品種改良が歓迎される。しかし厳しい言い方をすると、それが「味にネガティブな影響を与えてしまう」ことは避けられないらしい。

旨味はあるが重さがないから他と調和する

弁慶では、すべて昔ながらの佐渡産コシヒカリを使っている。扱いにくい品種を、水を使いすぎないなど稲をいじめる育て方をするので手間暇はかかる。しかし味はおいしいので譲れないというわけだ。

「いま契約している農家さんも高齢化が進んで、後継者不足でいつまでこのおいしい米を店で出し続けられるか心配なところもあるんですがね」

なるほど、ネタの味わいに気を取られていたが、秘密は米だったのか。それでシャリに香ばしさがあり、旨味はあっても重さがないから白身や酒とよく調和したのだ。米のよさを活かすために、酢飯の砂糖も減らしているのだろう。謎が解けた思いがした。

なお弁慶は、ことし東銀座の駅近くに「海」という高級店を出し、ネタやシャリにもうひと工夫しているそうだ。もちろん回転はしないのだが、機会があったら行ってみたいと思いつつ、やっぱり自分には新潟港のコンテナの、平日の立ち食いの方が落ち着くかなという気がしている。

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