珍しい「塩と酢」の焼きそば屋 元ブルースハープ奏者が決断した第二の人生

休日の昼下がり、カウンター席に腰かける。店主が選んだ極上の音楽を聴きながら、キリっと冷えたビールとともに香り豊かな焼きそばを食べる。「……うん、うまい」。しばし目をつむり、沈思黙考。誰にも邪魔をされず、自分自身と向きあえる、男ひとりのラグジュアリー・タイム。

お好み焼きがことのほか愛される関西では珍しい「焼きそば専門店」。そこには、お酢を活かした珍しい焼きそばも。そして店主の前職は、意外にもブルースハープ奏者。絶品の焼きそば&いい音楽が楽しめる、そんなお店が京都にあります。

いい音楽と焼きそばがマッチ

京阪鴨東線「神宮丸太町」駅を降りて徒歩7分。西へ歩けば鴨川のほとりへ、東へ歩けば「学生の立て看板撤去」でいま衆目を集める京都大学。自然の恵みとインテリジェンスがほどよくとけあった街の静かな通りに、焼きそば専門「オーライ!」があります。 

京都大学にほど近い場所で灯りがともる焼きそば専門店「オーライ!」

「オーライ!」が誕生したのは2017522日。カウンターのみ7席の、細長い造り。壁にさまざまなイベントのフライヤーが貼られ、学生街ならではの気風が感じられます。

カウンターにずらりと並んでいるのはCD。ロック、ソウル、ファンク、R&Bなど、ジャンルはさまざま。この日に流れていたのはファンクバンド「WAR」のアルバム「The World Is A Ghetto」。ブルースハープ奏者のリー・オスカーが吹き鳴らすシリアスな音色が、川風がそよぐこの街の雰囲気にとても合っています。

カウンターにはロックやファンクのCDがずらりと並ぶ

焼きそば専門店の店主は「お好み焼き屋さん」の次男坊

店主の小倉吉育(よしいく)さん(49)は、同じ京都の伏見区醍醐にあるお好み焼きの名店「ひろ」の次男坊。創業50余年という永い歴史をいだくお店です。ベーシックなソース焼きそば(豚・いか・キャベツ入り)に使うソースは、実家と同じ京都壬生産「味露(あじろ)ソース」をベースにしたもの。りんごとトマトをたっぷり使った贅沢なローカルソースの香りが、ぺこぺこに減ったお腹をさらに刺激します。

「焼きそば」専門店の店主、小倉吉育さん。実家は「お好み焼き」の人気店

それにしても、ご実家がお好み焼き屋さんなのに、なぜあえて「焼きそば専門店」なのでしょう。

「焼きそばは親が働く背中を観ながら、幼い頃から自分でつくっていました。だから焼きそばは僕の得意料理。おかんが現在もお好み焼きの店を営んでいるので、僕はそのまんま受け継ぐのではなく、焼きそばだけでやってみたかったんです」(小倉さん)

ソースは実家の味を継承しつつ、さらなる独自性を追求するという姿勢。小倉さんのその心意気はソースのみならず随所に見受けられます。麺も太めのオリジナル。学生たちがお腹いっぱい食べられるよう、ひと玉の量は多めに製麺してもらっているのだとか。そんな太麺を、まずはとんかつソースで焼き、続いてウスターソースで仕上げる「2段がけ」。

「おかんからのアドバイスですか? あったような、なかったような……。うちはちゃんとしたレシピがないんです。『ここでシャーッとすんねん』『ソースはぴゅーっと、これくらいや』とか抽象的。結局、自分で実際に焼き続けてみないとわからない。そして店を開いてみて改めて、おかんのすごさがわかりました。自分で見つけだした味で50年以上、僕らを育ててくれたんですから」

食通をうならせた「酸味が効いた焼きそば」

さらにここ「オーライ!」には、他店にはない珍しいメニューが。それが酸っぱい特製ダレで焼いた「塩と酢」。ソース焼きそばに次いで注文が多い人気商品。豚・イカ・キャベツの基本型をおさえつつ、刻み海苔、水菜、ブロッコリースプラウト(ブロッコリーの新芽)がトッピングしてあり、食物繊維も豊富に摂れます。

太めの麺に塩と酢をミックスした特製だれをふりかける

「僕は酢が大好きなんです。なので『酢を効かせた焼きそばって、できひん(できない)のかな』ってずっと考えていて、試行錯誤しながら生みだしたものなんです。塩だれと酢をブレンドし、調味料として油カス(牛の腸を油で揚げたもの)を少量。これが味の秘訣かな」

この独特な焼きそばは、日本中の焼きそばを食べ歩く有名ブロガーからも「ほかにはない味」と太鼓判を押されたのだとか。

酢のさわやかな香りが立ちのぼる焼きそば。その名も「塩と酢」

さらにここ「オーライ!」では酢・酒・ごま油・しょうが・一味を和えた「辛口しょう油ダレ」や、「オイスターソース」味など多種多彩なテイストが並び、焼きそばの多様性に驚かされます。それはジャズやロックやソウルの要素が混然一体となった、いままさにかかっているWARのグルーヴィなナンバーのよう。

長く「ブルースハープ奏者」として活躍

これまでにないリミックスで焼きそばに新たな可能性を見出す小倉さん、実は前職は意外にもブルースハープ奏者。「吉育」のアーティストネームで、これまで「ワー」というバンドで活躍。また沖縄で録音した『桃源楽』というソロアルバムをリリースするなど、ブルースハープの音色で永く関西の音楽シーンを彩ってきました。

小倉さんが「YOSHIIKU」名義でリリースしたアルバム「桃源楽」

3つ上の兄貴の影響で中学時代からソウルやファンク、RBを聴くようになりました。ブルースハープを吹くようになったきっかけはJ・ガイルズ・バンドとの出会いですね。マジック・ディックの洗練されたハモニカの音がかっこよくて憧れました。大学を卒業していったん就職したんですが、やっぱりミュージシャンになる夢が忘れられず、退職してブルースハープを吹きまくる決意をしました。おかんからは『あほか』ってずいぶん呆れられましたけれど」

そうして小倉さんはライブハウスや居酒屋、BARやカフェなど場所を選ばず、日ごと夜ごと街のどこかで哀切感のあるサウンドを奏でていたのです。

ときどき店内でブルースハープを奏でることも

「焼きそばはまだ研究されていない。伸びしろがある」

そんな小倉さんに、人生をかえりみる機会が訪れます。

「四十歳を過ぎて、もやもやした気分が続いていたんです。『やりきった感』と『やってんねんけど、やりきれてない感』、ふたつのあい反する気持ちがまぜこぜになったような。『このまま音楽を続けたら、どんどん煮詰まって苦しくなる。いったん距離を置いてみよう。ライブの依頼も断ってみよう』。人生をやりなおしたかったんです。そう考えたときに、次の生き方としてひらめいたのが、幼い頃からつくっていた大好きな焼きそばでした。焼きそばって、そんなに研究されていないでしょう。まだまだ伸びしろがあると思ったんです」

30年近く生業としてきた音楽の世界から離れ、男が新たな一歩として選んだ、もうひとつの原点、焼きそば。小倉さんが決断をくだしたその味を、いざ賞味。他店では味わえない「塩と酢」を、冷え冷えのハートランドとともにいただきます。

ひとくち食べて……「!!!」。なにこれ、うまい! なんとすがすがしい酸味。そのうえ絶妙な塩かげん。焼きそばを食べてサワー感や爽快感をおぼえたのは初めての経験。鉄板の熱ですっかり水分が切れた麺が香ばしく、べちゃっとしていません。トッピングしたフレッシュ野菜のシャキシャキ食感もたまりません。塩がしっかりとリズムを刻み、酢の香りがブルースハープの音色のように深い余韻を残すのです。

「焼きそばのコツはしっかり『焼くこと』。炒めるんじゃなく『焼く』。こねすぎない。こねると味にキレがなくなるんです。音楽でもそうなんです。『これでええんかな』って悩んでいると音に出るんです」

小倉さんは「音楽も焼きそばも、迷いがあるとそれが音や味に表れる」と語る

「音楽と距離を置いた」という小倉さん。ですが僕には、いただいたオリジナル焼きそば「塩と酢」は、食べられる音楽と言うべき作家性を感じました。そしてその味は、何度でも「イッツ・オーライ!」と親指を立てたくなるおいしさでした。

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