80歳を過ぎた女将が「好きよ」と言ってくれた小料理屋

80歳を過ぎた女将が「好きよ」と言ってくれた小料理屋

自分は居酒屋の女将(おかみ)やママにモテる。そんな風に筆者は自惚れていました。東京・渋谷のセンター街にかつてあった小料理屋「蓼科(たてしな)」の女将は、初対面のときから筆者に優しく接してくれたからです。それは女将ならではの気づかいだったのですが、若い(といっても30代後半でしたが)筆者は、そのことに長いあいだ、気づきませんでした。

「蓼科」の女将・けい子ママは当時すでに80代後半でした。40年以上続いたこの店には、通い続けてウン10年という常連さんが、たくさんいました。そんななかで、“ぽっと出”の筆者が気後れしないよう、すぐお店に馴染めるようにと、ママはあえて皆の前で甘えてくれたのです。

ママは飲み屋のルールブック。いわば法。ママが「好きよ」と言ってくれた瞬間、筆者はおのずと仲間入りを認められたことになるのですから。

小料理屋「蓼科」

歴史ある小料理屋も閉店へ……

それから数年。常連とまでは言えないにしても「蓼科」は時おり飲みに訪れる大切なお店になりました。「バブル景気の頃のお客さんは2号さん(愛人のこと)を連れてきたものだけど、あんたたちは皆ひとりでやってくる」とママが嘆くほど、おっさんだらけのお店でしたが、筆者にはとても居心地のいい場所でした。

商社に勤める人、大学の先生、ヌードデッサンのモデル、ヴァイオリニスト、腕に日本語で「もしもし」とタトゥーしたアメリカ人、いろんな人に出会いました。

小料理屋「蓼科」
「もしもし」とタトゥーを入れたアメリカ人。電話をするとき見えるようこの場所に彫ったという

そして2017年。「開店した当時は、渋谷センター街も未舗装の砂利道だった」という「蓼科」は、惜しまれつつ、本当に惜しまれつつ、47年の歴史に幕を閉じました。

小料理屋「蓼科」
ボトルにはポラロイド写真をぶら下げるのもルールのひとつだった

しかし、けい子ママは今なお元気です。つい先日も「ママの家の庭になった梅の実を摘む」という名目で開かれた飲み会には、10数名の元・常連や従業員が集まり、酒を飲み交わしました。ママは今年、90歳になりました。

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