ツェッペリンのお宝冊子は3万円以上「ロック好きオヤジ」が集まる古本屋

古書店「ブンケン・ロック・サイド」の店主・山田玲子さん

日本を代表する古本屋街の東京・神保町に、ヘビメタ好きの店主が営むロックな古書店があります。地下鉄・神保町駅から歩いてすぐの「ブンケン・ロック・サイド」。1960年代・70年代の洋楽好きの貴重な情報源だった『ミュージック・ライフ』など、ロック好きにはたまらない音楽雑誌が2万冊以上並んでいます。

店主は、ロッカーのような黒ずくめのファッションに身を包んだ山田玲子さん(57)。30年ほど前、父が営んでいた俳句専門の古書店を引き継ぎ、メインテーマをロックに変えました。以来、そのスタイルを維持しつづけています。

11歳でロックの魅力にとりつかれた

ロックの原体験は、アメリカのバンド「The Doors」。11歳のとき、家の向かいのレコード屋から曲が漏れてきたそうです。だんだんそこに入り浸るようになり、店に来る大人に音楽を教えてもらいました。

「70年代はKISSやエアロスミスの全盛期。一番いい時代だった」。高校生になると、バンドを結成してボーカルを担当。当時流行していた「シーナ&ロケッツ」をカバーしました。しかし、その後は音楽の道には進まず、美容学校で総務の仕事をしていました。

赤い看板が目印の「ブンケン・ロック・サイド」

転機は1989年。父親の古書店が新大塚から神保町に移転しました。それを機に、20代後半だった山田さんも店に関わることになり、空いているスペースでロックの古雑誌を売り始めました。

「俳句や一般古書だけではやっていけないと感じていたんです。ロックが好きだからやっちゃおうかしらと思いました。父には『好きにやっていい』と言われましたが、『どうせ、すぐ失敗するだろう』と思っていたようです」

実際、いざ始めたものの、音楽の古雑誌を売るのは苦労の連続でした。まず、収集をするのが大変。雑誌を集めている友達から買い取ったり、神保町の交差点でチラシを配ったりしながら、地道に集めていきました。

現在、店内にある雑誌の数は約4万冊。その内訳は、6割が音楽、3割がアイドル・女優、残りはサブカルチャー系とのこと。「『平凡パンチ』や『スタジオボイス』でも、音楽の特集をやりますよね。雑誌はつながっているので、厳密に分けるのは難しいですね」(山田さん)

「35000」の値札がついたレッド・ツェッペリンの初来日パンフレット

店内でもっとも高価なのは、レッド・ツェッペリンの初来日パンフレットで3万5000円。「これは発行部数が少なくて貴重です」といいます。

山田さんが特に思い入れのある雑誌は、昭和の洋楽シーンを盛り上げた『ミュージック・ライフ』(シンコー・ミュージック発行)。10代のころ、父親の書店から持ってきてこっそり読んでいたそうです。

一番楽しみだったのは、デヴィッド・ボウイなどのロックミュージシャンのグラビア写真。当時はアーティストの容貌を目にする機会が限られていました。

「あの時代の人たちは、本当に情報にどん欲だったと思いますよ」

「明星」などの古いアイドル雑誌も扱っている

「ジャンルを変えるのは、店をやめるとき」

時代は変わり、さまざまな音楽情報がネットで入手できるようになりました。いま、ブンケン・ロック・サイドを訪れるのは、どんなお客さんなのでしょうか。

「客層は若い世代からお年寄りまで幅広いですね。40代の男性客もよく来ます。バンドを再結成した人がギターの本を買いにきたり。当時のバンドをコピーするためにバンドスコアを買いにくるんです」

特に人気があるアーティストは速弾きが有名なギタリスト、イングヴェイ・マルムスティーンだそうです。

店内にずらりと並ぶ往年の人気音楽雑誌『ミュージック・ライフ』

20年近く通っているという常連の岡田昌浩さん(56)は、10代のころから音楽が好きで、ロック雑誌『ロッキンオン』は3号から集めているといいます。「自分が持っている昔の雑誌がいくらなのかを見るのが好き」と語ります。

山田さんが店を経営していくうえでのこだわりは「ロックからブレないこと」。多少の模様替えはしながらも、メインのロック売り場自体はほとんど変わっていません。

「ジャンルを変えようと思ったことは?」とたずねると、「それをするのは、店をやめるときかな」という答えが返ってきました。

まだインターネットがなかったころの「ロック」を味わえる古書店。濃密な情報が詰まった往年のロック雑誌を探しにいってみるのもいいかもしれません。

TAGS

この記事をシェア